全国町村会

自治体の幹部と職員にとり、法教育って何だ

九州大学大学院法学研究院教授 木佐 茂男(第2882号・平成26年6月9日)

いわゆる地方分権改革が議論されだした1990年代の前半から、日本ではどうも法がきちんと機能していないのではという観点から、主として弁護士らによって司法教育が始まった。その後、 わが国でも遅まきながら司法改革ならぬ、「司法制度改革」なるものが始まり、そのための司法制度改革審議会は1999年から2年間、10の検討会も設けて日本の司法のあり方について議論を進め、 周知のようにロー・スクール、裁判員制度、法テラスなどが発足する契機になった。

この流れの中で、法務省が事務局役をして、文字通り各界から人材を集め、子どもや市民向けのあるべき法教育の姿が論じられ、現在では学習指導要領も改訂されて小中高校で、 法教育が実施されている。この10数年の論議や実践の経緯を振り返ると、法教育のあり方を改めて考えざるを得ないようである。

極めて大雑把にいえば、一般市民というか大人に対しては司法制度の教育や裁判員裁判の勉強、子どもに対しては決まりを守りましょうとか、ディベートや模擬裁判など、 それ自体としては有用ではあるが、失礼な言い方をすれば「裁判ごっこ」のような法教育がかなり広がっている。

だが、現在の教育内容をみると、市民向けであれ子ども向けであれ、守るべきルールは、本来、自分たちが主人公となって作らなければならないこと、 何かあったとき自分たちはどこでどう救われるのか、そもそも法的な問題・事件であることをどう判断するかなど、結構大事なことが抜けている。どうも法教育の中身を決めている人たちが、 自分では裁判を起こしたことも、さまざまな申立てなども実際にはしたことがないように思える。自分のことを主張し、守るためには証拠をきちんと残しておくことも大事だが、 そういう発想もあまりうかがえない。法を使って本当に争いたいと思う人のために、実際には救われる場や機会へのアクセスが困難であり、救われるためにかかる費用や時間のほか、 現実に勝てるのは珍しいということも法教育の内容として示しておいていいのではなかろうか。

さて、このような課題が子どもや市民の前にあるとすれば、自治体の幹部や職員は、誰のために、どのような法教育を身につけて、誰にどのような法教育をできるか。今回は、 宿題を出して終わりにしよう。

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