全国町村会

道草

千葉市女性センター名誉館長・NHK番組キャスター 加賀美 幸子
(第2729号・平成22年8月9日)

人生、道草をくう度、ある風景を思い出す。まだ幼いころ東京の戦火を避け、群馬の小さな村に縁故疎開をしていたのだが、終戦の翌々年が小学校の入学であった。

4キロほど離れた地元の小学校に通う道には、雑草が元気に伸び、私の運動靴や友達の藁ぞうりに気持よいクッションになってくれていた。…途中、お不動様やお稲荷様や八幡様の前をおじぎをしながら友達と通るのだが、いつも注意された。「道草をくわず、まっすぐ、早く歩きなさい」と。まさに言葉どおりの毎日であった。

道草とは…「道端に生えている草を馬や牛が止まって食うため、進行が遅くなること。人生、横道に少しそれたりすること」をいう。

友達との道中は溢れる自然の中、私たちはしばしば雑草を覗き、かき分け、小さな花をみつめ、道草をしながら、とくに学校帰りは楽しんだ。   

元々の意味である牛や馬も一緒だった。自動車はほとんど通らないから、彼らは道の真ん中をゆるりゆるりと大八車をひきながら、歩いている。当然、馬糞や牛糞もあちこち転がっている。でも、それを汚いと思ったことがない。うまくよけながら道草をする。   

雨が降れば水たまりをうまく飛び越し道草をしながら遊ぶ。…今や舗装は完璧、雑草も糞もない。牛や馬も特定の場にしか見られない。しかし、清潔な環境にもかかわらず、一方でアレルギーで苦しむ子供たちは増え続けている。そして牛や馬がゆっくり道草をくう風景は今やないため、「道草をくう」という言葉本来の柔らかな意味あいも薄れ、「不本意ながら無駄な時間を費やしてしまい、うまく早く目的に辿りつけなかったことの自戒や反省の言葉」として強調されることも多くなっている。ところが、仕事がら、多くの人と対談してきたが、道草の時期の話が一番活き活きと魅力的なのである。もはや以前のような草も牛馬の姿もないけれど、道草という言葉の柔らかな心は残ってほしいと思う。

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