全国町村会

映画の字幕

千葉市女性センター名誉館長・アナウンサー(元NHK) 加賀美 幸子
(第2535号・平成17年10月3日)

わが青春時代、映画は夢の世界であった。特に洋画から吹いてくる風は、当時の若者の心を虜にした。洒落れたフランス映画、明るく豊かで爽やかなアメリカ映画…いつかあんな暮らしがしたい、あんな生き方をしてみたい。シナリオといい、銀幕のスターの魅力といい、今とは比べものにならないほどの力で、人々の心を揺さぶったものである。 

外国語は分からないけれど、的確な字幕の言葉に助けられ、俳優の表情と肉声を味わいつつ、違和感なく、誠に自然に作品にのめり込むことが出来た。映画を作る側とる側の相乗作用もあり、映画館の暗闇は特別の世界であった。

洋画に字幕はつきものである。あの短く適切な翻訳がなかったら、物語も台詞のニュアンスも捉えられず、映画の魅力は半減するであろう。

先日、映画字幕翻訳の第一人者戸田奈津子さんにお話を伺う機会があった。なにげなく自然に捉えていた字幕の字数だが、観客が映像と共に瞬時に捉えられるのは、一行が10字で二行が限度という。いくら名訳をしても、はみ出したら、映像に追いつけなく意味がない。原作に限りなく近く、しかも短く、相応しい言葉を翻訳するには、豊かな言葉と人生の経験がなくてはできないこと。従って字幕翻訳者は今日本に約20人という狭き門。希望者は多いそうであるが、外国語がいくら堪能であっても、字幕の仕事が出来るとはかぎらない。何より日本語力が大事という。言葉と心の機微を捉え、微妙な表現を選び取るには…人生の経験がものをいう。

最近は吹き替えが多くなっているが、字幕はどうなるのであろうか。…他の国々では、字を読めない人も多かったため、元々字幕はなく、今もほとんど吹き替えだそうである。しかし日本では、識字率が高い上、俳優の肉声を同時に味わいたいという文化的欲求も相変わらず強く、字幕はいよいよ健在であることを知って、安堵するのである。

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