全国町村会

高度経済成長期の下で失われたもの

作新学院大学総合政策学部教授 橋立 達夫 (第2619号・平成19年10月22日)

夏休みに笹山久三の『四万十川―あつよしの夏』(河出文庫全6巻)を読破した。昭和30年代に、少年時代を高知県の山里で送った著者の自伝的小説である。生まれてから高校卒業まで、四万十川の豊かな自然と家族の絆に包まれて育った少年が、やがて都会に出て、労働運動に身を投じ、激動の時代を仲間との信頼関係を守るという一心で乗り越えていくという物語である。物語は少年の成長を追っているが、その底流にある、社会の激動を表象するような四万十川の変化(あるいは衰退というべきか)を現在進行形で見つめる記述が印象的である。

子供たちの、自然の中の自由闊達な遊び、家族の生活の一助となる漁、家族愛などが、色彩豊かに描かれる少年時代は、清涼であり同時に心温まる情景に溢れている。しかし少年時代の終わりには、山村に商品経済の波が押し寄せ、四万十川も地域も、そしてそこに住む家族たちも無残に変容していく。川に大型の砂利採取機が入り、川の形相が変わっていく。農薬が普及し、川の生物相は見る見る貧しくなっていく。子供たちの遊びは漁業権や学校の干渉により狭められていく。同時に家庭も地域社会も崩壊していく。

大人たちは競って出稼ぎに行き、続いて子供たちも集団就職でふるさとを離れていく。山村のコミュニティは人を温かく包み込んではいたが、その一方で異端に対しては容赦のない無言の圧力をかける存在となった。働けるのに山里に残る人たちは怠け者呼ばわりされる。都会に馴染めない子も周囲の評価を気にして村に帰ることができず、時には悪の道に転落し、また戻ってきても周囲の冷たい目にさらされて自殺に追い込まれたりする。高度経済成長の時代は、農山村の人々が商品経済の波に乗ろうとひたすら都会に仕え、地域の誇りを失ってしまった時代であったように見える。

私たちは今、農山漁村の自立の道を求めている。それはまた、一度失った地域の誇りを取り戻す道でもあることを深く胸に留めたい。

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