全国町村会

なりわい興しで「美しいムラ」を創ろう

北海道大学観光学高等研究センター  佐藤 誠(第2683号・平成21年6月15日)

海辺でのグリーンライフ

熊本県天草市で、遊休農地を滞在型観光や地域振興の拠点に活用する全国初の民産官学プロジェクトを進めている。この5月の連休には、無給のプロデューサーとしてデザインと基本設計をした一反の借地農地付きセカンドホームに滞在していのちの洗濯を楽しんだ。南に海を見はらすミカン園跡地に新築した「天草ダーチャ」(菜園付きコテージ)で夢かうつつかの暮らしを満喫した。熊本大学と市との包括連携協定で、遊休農地を活用し、都市市民の健康増進と農山漁村の地域活性化の両立を図ろうと7年間流した汗の結晶がこの至福の時間と空間である。

2年前に、地域活性化と観光とを結ぶ「観光創造専攻」大学院立ち上げのために北海道大学に移籍した私にとって、札幌と福岡の空路2時間・1万円強のシニア料金の2地域居住は人生の美しい選択であった。天草市中部の金焼(かねやき)地区には、暮らしを自給する達人の仲間がいて、釣った魚や獲れた野菜を分けてもらい、農業機械のクボタが取り組んでいる「耕作放棄地再生支援」で蘇った4ヘクタールの都市・農村交流農地で、絶景と語らいを楽しむ農的な暮らしの夢がかなったのだ。一言で言って「嬉しい」。思い起こせば、農林地を農家と都市住民との共通の生命資産として活用する田園リゾートを創りたいとグリーンストック運動を開始して、はや20年。この恵みを神と人とに感謝したい。

民産官学の連携で設立した特定非営利活動法人「グリーンライフあまくさ」が、市を通じて30年リースで農地を借り受けて、施設整備と運営を手がける天草ダーチャの借地・借家人の私にとっては心地が良い。35平方メートルのログハウス風コテージは1LDKでロフト付き、広いデッキに海面を見はらすバスが何とも開放的で好ましい。農協の倉庫を改造した薬膳レストラン「凪(なぎ)」も開業したので、これからカヤックで食事を楽しみに行こうと思っている。これを仲間の教授とシェアして月に2万円の家賃だから、申し訳ない気分でもある。

次なる夢が二つある。第一に、NPO関係者と地元で(株)グリーンライフ・ジャパン社を設立し、地元の大工・左官の「結い」による、地元の森林組合・製材所と開発したコンピュータ制御のプレカット・キッド住宅事業スキーム、遊休農地リース制度で農地定期借地権付きハウジング事業や、無農薬のハーブ栽培・ハーブスチームサウナによるヘルス・エステツーリズムを柱とした「ライフウエア産業」の事業立ち上げを図って、幸せのお裾分けをしていきたい。


天草ダーチャ外観

第二の夢は、東京のふるさと回帰支援センターと北海道大学、天草市との連携で田舎暮らし実現へ向けた「ふるさと起業塾」をたちあげて、グリーンライフのなりわいづくり事業を全国展開することだ。国の経済危機対策予算を取り込んで、地域観光創造コーディネーターとアグリビジネス起業家とを育てていきたい。

 

危機はチャンスである

昨秋来、世界経済が未曾有の危機に襲われているが、この危機を農山漁村にとって歴史的な好機として捉えたい。地域から政府に提案し、経済危機対策を「ムラのいのちを都市の暮らしへ、都市の力をムラのなりわいへ」と結ぶふるさと起業振興へシフトさせ、地域でなりわい創出の民・産・官・学連携の共同事業体形成を図ろう。


天草ダーチャから海を臨む

今回の危機は、景気の問題ではなくて、歴史的な経済・産業・暮らしの抜本的な大変革の問題として受け止める必要がある。巨視的に、近代以降の爆発的な産業発展が終わり、雇用や所得の成長が止まる定常社会の到来と認識し、地域でのなりわい興しで循環型経済の構築が大事だ。これからは、貨幣数量のリッチネス追求から、健康で美しい暮らしのウエルネスを実現することが中心課題となる。

人口や所得が伸びない定常経済は、日本の歴史では3度目のことであろう。縄文時代までの狩猟・採集経済段階、水田開発がストップしてからの江戸期がそうであった。こうした成長ストップが果たして人間にとって不幸かといえば、決してそうではない。考古学者の説では縄文人の平均死亡年数は50歳だといわれ、江戸期には旅や暮らしを楽しむ生活文化の花が咲いた。

都市を舞台とする産業・経済は、英国発の産業革命で工業生産による「ハードウエア産業」と、米国発の情報革命でマネーインダストリーに結実した「ソフトウエア産業」が主導して発展してきたが、金融恐慌と引き続いて生じた巨大工業の崩壊をうけて、歴史的な大転換期を迎えた。これからは、美しい田園を舞台に暮らしといのちを輝かすグリーンライフの「ライフウエア産業」が勃興してくる。

経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは、生産要素の新たな結び合わせによって産業イノベーションが生ずると説いたが、ハードウエア産業は土地・労働・資本という生産要素を工業技術の新結合で生じ、ソフトウエア産業は情報・IT・知的ストックを金融工学の新結合で勃発した。これからの再生と循環をテーマとする「ライフウエア産業」は美しい田園・感動・生命力をグリーンライフ実現への連携事業で創造可能である。

大都市市民の4割が田舎暮らしを望んでいる。過疎・高齢化に悩むムラはこうした人々を積極的に受け入れて「人財」として、地域の資源を暮らしといのちを輝かすなりわい興しを図るべきだ。

 

グリーンライフ・イノベーションを

地球環境・農業農村崩壊を受けて、食や自然、環境との共生など、伝承生活文化が残されている農村の優位性を充分生かし、美しい景観の魅力向上を図って、田園空間の持つ力を最大限に生かす戦略を打ち出す時が到来した。一次産業と二次・三次産業とを新たに結び付けて、「ライフウエア産業」が勃興する大地として発展させたい。

この5月に農地法改正が衆議院を通過し、農地の所有から利用への大転換とNPOに50年間のリース利用が認められ都市市民の農地アクセスが解放された意味は大きい。都市と農村とを結ぶ触媒としてのツーリズム振興で食と観光・農林地と2地域居住・教育と雇用などを結びつけて暮らしと産業のイノベーションが図りうるからだ。

エコノミックスの語源はギリシャ語のオイコス・ノモスに由来している。オイコは英語で言うところのライフであり、ノモスは英語のマネージメントを意味し、経済の本質は暮らしといのちの最適マネージメントである。

物の生産・消費のハードウエア産業、情報マネージメントのソフトウエア産業を土台に、これからの定常化社会では本義におけるエコノミーが「ライフウエア産業」として勃興するに違いない。米国における最大の基幹産業が健康・美容・愛・保養という生活の質向上にかかわる「ライフウエア産業」であり、GDPの16%がこの産業領域で発生している。また、健康で美しい人生を送る場として、アメニティ・リッチな美しい田園が選好されることで1990年代に二百数十万人が大都会から田園へ移動し、ネオ・ルーラリズム※の時代が到来している。

米国ではカナダ国境の南、ロッキー山脈の西に位置する、ユタ、アリゾナ、モンタナなどの草原・砂漠・山地が移住先として最も人気が高く、こうしたマウンテン・ウエスト8州では生活関連サービス産業を主軸に無数のライフスタイル起業が勃興して、美しい田園は活気に満ちている。

※ネオ・ルーラリズム(Neo Ruralism)とは、米国で1980年代初頭から「ルーラル・ルネッサンス」(田舎での人間性復興と称される、都市から美しい田園への人口移動を伴う、主にマウンテン・ウェスト8州のアメニティ・リッチな田園地帯でのライフスタイルの実現と一つになった農村活性化を表現する概念

欧米の田園ルネサンス

米国では、移住とならんで都市の家とは別に、美しい田園で人間らしい暮らしを営むセカンドホームを持つことが急増し、15%の世帯がグリーンライフをエンジョイしている。1990年代に入ってからの田園でのセカンドホームの大流行は、スウェーデンなどの北欧で最も顕著であり、同国では全世帯の18%がセカンドホームを所有し、親戚・友人のそれを借りてのグリーンライフ実現者は国民の過半数を超えた。

こうした変化は、農村側のサバイバル戦略によるところが大きい。それは、市場のグローバル化による農業経済の危機と人口減少とによって、農村の土地・住宅を利用して、それまでの農業生産一本槍から、レジャーやツーリズムを介してムラのいのちを都市の暮らしへ、都市の力を村のなりわいへという循環を実現したことによる。田園はもはや、農業や林業生産のための空間としてのみならず、アメニティ、住宅環境、ルーラル・ライフスタイルイメージの消費空間としての価値ある場所となった。ツーリスト、セカンドホーム・オーナーやライフスタイル移住者は、ライフスタイル起業家としても農村活性化に貢献している。

人はより長期に農村に滞在し、あるいは移住して、農村の経済・文化・環境に大きなインパクトを与えるようになっている。そのようなアメニティ・ムーバーは土地の農業者と結んで多彩な田園起業で農村活性化に貢献している。都会人の健康志向や自然志向に合わせて、有機農産物による天然酵母パンや石釜ピザの製造やレストラン、古家改造による宿やブティック、クラフトショップ、アートや料理の学校、ハウジングや健康・美容関連のライフスタイル起業が勃興している。

「アメニティ・リッチなランドスケープ」が欧米での田園ルネサンスの共通項目であり、美しい村は、フランスのプロバンス、イタリアのトスカーナ、イギリスのコッツウォルド、スウェーデンのスコーネ地方など、どこでも田舎住まいは大変なステータスとなり、美しい村の不動産価格は高騰している。

 

美しいムラの「なりわい」を創ろう

1982年に始まり現在152のムラが連携する「フランスで最も美しい村」では、サポーター企業の支援もあってムラのツーリズムや生活関連新産業が勃興している。「日本で最も美しい村」連合は、フランスの活動に範をとり、素晴らしい地域資源を持ちながら過疎にある美しい町や村が、「美しい村」宣言によって自らの地域に誇りを持ち、地域の活性化を図り、地域の自立を推進すること、また、生活の営みにより作られてきた景観や環境を守り、これらを活用することで観光的付加価値を高め、地域の資源の保護と地域経済の発展に寄与することを目的に、2005年に7つの村からスタートした。

現在、17町村1地域の参加数だが、近々30ほどに増える気配だ。


フランスの美しい村

政府の観光立国政策を受け、北海道大学では日本初の観光創造専攻の大学院で次世代型ツーリズムを研究している。次世代型ツーリズムは、都市・農村の交流・対流によって大地と人との新結合=暮らしと産業のイノベーションを引き起こすことをめざす。

大都市市民の約4割がアメニティ・リッチな田園を訪問するに止まらず、そこにセカンドホームを持ち往来したり、移住する田舎暮らし願望がある。さらには、自分らしい暮らしの実現を求めて、ライフスタイル・ファーマーやライフスタイル起業家として、農山漁村での一次産業と結んで、様々なライフウエア産業を興すだろう。私たちは、地域に住む人も訪れる人も共に暮らしといのちを輝かせる「グリーンライフ・ツーリズ現化を提唱したい。

旅と滞在のツーリズムには、異質の分子を結び合わせて新たな高分子を創出する触媒機能がある。異なったものを結んで新たないのちを生み出すツーリズムのイノベーション力に着目し、都会と田舎を往来するセカンドホームツーリズム、食・健康・医療をキーワードにスローフードやヘルスツーリズムなどの多様なツーリズムを興すとともに、食・住・遊・癒し・健康・教育など、多様な暮らしの経済を、地域経済の複合産業化を通じて考創したい。

19世紀イギリスの評論家ジョン・ラスキンは「真に生産と呼べるもの」は生き生きとした青年男女のいのちの結びあいからしか産まれないとして、いのちを殺して製品を組み立てる工業文明批判を行った。ライフウエアを考える場合、地球において本当の生産とは、唯一、葉緑素による光合成だけである。そうしたグリーンの生命論的な意義に立脚したオイコス・ノモスの現代展開を図りたいものである。

内閣府の「地方の元気再生事業」や経済危機対策が危機をチャンスにする契機となる。北海道経済は域際収支2兆円の赤字を観光と公共事業費で埋めてきたが、こうした産業構造をライフウエア産業の創出で様変わりさせる、住民・地域企業・行政と大学との新結合による産業イノベーションを図る絶好の好機を得た。国の交付金を活用してグリーンライフの共同事業体を構築して、循環と再生の伝承生活文化=ヘリテージと健康・美容・房事・保健の生活の質・いのちの輝きを高める「ライフウエア産業」を創造したい。

労働の在り方も変わっていく。ハードウエアの時代には雇われて働く「ジョブ」、ソフトウエア時代には「プロフェッショナル」や「ビジネス」が中心だが、定常社会ではかつての「百姓」のように、自立して地域資源で「なりわい」を営むことが一つの軸になろう。英語でいえば、「オキュペーション」である。美しいムラでなりわいを得て、居心地のいい暮らしをおくることが人生最大の目標となる時代が到来している。

佐藤先生の写真です佐藤 誠(さとう まこと):九州大学経済学部卒業、経済学博士、九州大学助手を経て、1984年熊本大学教育学部助教授、85年同教授、2000年法学部に配置換え、06年北海道大学大学院観光創専攻発足に伴い現職。研究分野は観光創造・グリーンツーリズム、地域再生・セカンドホームツーリズム。
農林水産省農村総合開発整備調査委員会座長、国土交通省北海道観光研究会座長などを 務め、(財)阿蘇グリーンストック理事、九州ツーリズム大学学科長、NPO「日本で最も美しい村」連合の資格審査委員、NPO「グリーンライフあまくさ」理事などに従事。 主な著作『グリーンライフ』(監修)農文協2004。『グリーンホリデーの時代』岩波書店2002。『リゾート列島』岩波新書1990。

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