全国町村会

新政権と町村の将来

東京大学名誉教授 大森 彌(第2699号・平成21年11月16日)

2009年夏の総選挙の結果は、日本政治史に画期を刻むことになった。マニフェスト選挙が行われ、自民党が大敗を喫し、過半数を制した民主党が、社民党・国民新党と組んで新政権を誕生させたからである。政権交代がほとんど世情不安を伴わずに実現したことは、わが国における民主制の成熟化をうかがわせるものといえるか もしれない。これに伴い政策と制度に、中止・廃止・凍結を含む「変化」が起こり、政権交代を印象づけているが、人びとの間に戸惑い・反発・心配も生じている。

マニフェスト選挙

マニフェスト選挙であった結果、政権党に気負いが目立つのはある程度しかたがない。マニフェストで国民に約束した政策の実現に与党とその内閣が頑張るのは当然である。政治主導を掲げる新内閣のある大臣が、「民主党のマニフェストは、国民からの命令書だと思ってもらいたい」と官僚に訓示したが、これは、マニフェスト への、したがって民主党政権への忠誠を求めたものといえる。

しかし、これは、マニフェストが絶対視されやすいことも示唆している。総選挙で民主党を支持した国民は圧倒的多数ではなかった。民主党の得票率は、小選挙区では47.4%、比例区では42.4%であった。それでも、480議席のうち308も獲得したのは、小選挙区制を中心とした選挙区制度が効いているからである。議席数119の自民党の得票率は、それぞれ、38.6%、26.7%であった。民主党は、他の候補者・政党にも投票した「国民」が少なくなかったことを忘れてはならず、「変化」に関する粘り強い説得によって国民統合の責任を果たしていく必要がある。

自民党の敗北と道州制

2009年総選挙向けの自民党マニフェストは、「新しい国のかたちである道州制の導入に向け、内閣に『検討機関』を設置するとともに、道州制基本法を早期に制定し、基本法制定後6〜8年を目途に導入する。」と約束していた。道州制導入は「新しい国のかたち」とされるほど重要な公約であった。自民党が、公明党と連立政権を維持できれば、当然、マニフェストの実現可能性は高まったが、政権を失ったことで、このマニフェストは画餅に帰した。

自民党道州制推進本部(2008年10月10日再編)に名を連ねた議員のうち、本部長代行、本部長代理、事務総長をはじめ、ほとんどの副本部長や幹事が落選し、旗振り役と実質的な推進役が欠落状態になった。もちろん、こうした議員たちの落選に道州制推進がどの程度作用したかは定かではないが、道州制導入はひとまず頓挫したといってよい。経団連等は、相変わらず道州制導入が「究極の分権改革だ」と新政権に働きかけているが、無反省すぎるのではないか。

全国町村長大会は、2008年11月26日、「強制合併につながる道州制には断固反対していく」と特別決議を行っている。これは、道州制の導入により、さらに合併を強制すれば、農山漁村の住民自治が衰退の一途をたどり、ひいては国の崩壊につながっていくことを強く危惧したからであった。私は、かねがね、「地域主権型道州制」とか「限りなく連邦制に近い道州制」といった制度構想は、わが国の地方自治の発展、なかんずく住民自治の充実・強化には結びつかないこと、道州は広域自治体にはなりえないこと、道州ということになれば、規模も実情も違う市町村を無理やりに再統合せざるを得なくなることを強調してきた。

民主党の「地域主権」の意味合い

選挙戦で民主党は、「地域主権」は基礎的自治体中心の考え方であり、「広域自治体については、当分の間、都道府県の枠組みを基本とするが、都道府県等による広域連合や合併の実施、将来的な道州の導入も検討する。ただし、広域自治体のあり方については地域の判断を尊重し、国が地方に強制することは考えていない」としていた。

民主党のいう「地域主権」とは、「霞が関に支配され続けていた自治体が、地域のことを地域で決める主権を回復する」こととされている。これは、「官僚支配の中央集権システム」への対抗概念であり、基礎的自治体を重視する「国のかたち」をイメージしたものと思われる。ただし、「地域主権」を文字通りにとれば、国土の一部を定めて、そこに主権を付与することになるから、それは現行の単一主権制の変更と連邦制への移行を意味する。現憲法下では、主権が市町村民とか都道府県民にもあるはずなく、日本国民にある。国民主権は「正当に選挙された国会における代表者を通じて」行使される。だから、軽々に、「地域主権」などというべきでない。

「地域主権」を、都道府県を廃止し、わが国を9〜13の区域に再編して、そこに「道州」を設置する根拠として使おうとするならば、それは明らかに行き過ぎである。住民自治の充実、近接性、補完性、事務・権限・財源の連結性という4原則を基本とする分権改革を徹底していけば、わが国は、単一主権制下でも世界でも突出した分権国家になれるからである。「地域主権」の意味合いを、これにとどめるならば、民主党政権下で分権改革の着実な前進に期待が持てるだろう。

基礎的自治体重視の政策

民主党は、選挙戦で、「権限の移譲に並行する形で基礎的自治体の規模や能力の拡大を進めていく」が、「合併については自治体の自主性、多様性を尊重し、強制的な合併は行わない」と約束している。「住民に身近な自治体が、霞が関に縛られず、住民のニーズに合った行政サービスを提供できるようにする」ことは正しい方途である。そのために、「国が使い道を限定する『ひもつき補助金』を廃止し、地方が基本的に自由に使える『一括交付金』に改める」ことも、「法律や政省令による義務付け・枠付けを縮小し、自治体が住民の視点に密着した形で事務事業の基準等を決められるようにする」ことも、「国と地方の協議を法制化」し、国と地方の関係を 「『上下・主従の関係』から『対等・協力の関係』に改め」ることも適切な分権改革方策である。

基礎的自治体については、「その能力や規模に応じて、生活に関わる行政サービスをはじめ、対応可能なすべての事務事業の権限と財源を、国および都道府県から大幅に移譲します」と、事務権限移譲の推進を強調している。ただし、「小規模な基礎的自治体が対応しきれない事務事業については、近隣の基礎的自治体が共同で担う仕組みをつくるか、都道府県が担うこととします」としている。この点は、第29次地方制度調査会の答申との関係で重要である。

これまで、一定の行財政基盤を有し、法令で義務付けられた事務事業を完結的に処理できる「総合行政主体」(=基礎自治体)を想定し、それに合致しない市町村は合併すべきだということで「合併推進運動」が展開されてきたが、これに一区切りがつけられることとなった。地制調の答申は、小規模市町村における事務執行の確保のための方策について、「市町村合併による行財政基盤の強化のほか、共同処理方式による周辺市町村間での広域連携や都道府県による補完などの多様な選択肢を用意した上で、それぞれの市町村がこれらの中から最も適した仕組みを自ら選択できるようにすべきである」とした。1999年以降の市町村合併の強力推進は、共同処理 方式による広域連携を断念し、合併一本やりになったことに特色があった。それが修正された。「平成の大合併」とは一体何であったのか、改めて検証が必要である。

小規模市町村の扱い

「規模や能力の拡大」が容易でない小規模市町村の今後を新政権がどう扱うかは、そこが農山漁村地域だけに、国政の基本にかかわる重要性をもっている。問題は、民主党のいう「都道府県が担うこと」、答申がいう「都道府県による補完」が、どういう意味で、どういう制度構想になるかである。全国町村会は、答申を受けて、「町村の現状とその事務執行の確保方策に関するアンケート」を全町村対象に実施中である。この結果を基礎にして、今後のあり方について、国等、関係者との「意見調整」を図っていくものと思われる。

小規模市町村の扱いを含め地方自治制度とその運用をめぐる改革課題は、原口一博「地域主権推進」担当大臣の下に置かれる「地域主権戦略局」が担当することになろうが、その中心は元北海道ニセコ町長の逢坂誠二議員である。政治主導で分権改革を断行する司令塔として、真に地方自治の発展に結び付くよう、どこの地域に暮らしていても勇気と希望がもたらされる改革を進めてほしい。

「地方の再生」へ展望

町村の立場から、民主党マニフェストが「地方の再生」を強調し、「自公政権は地方の財政を急激に圧縮したうえに、地方の景気低迷に対して何ら有効な対策を講じなかったため、地方を疲弊させました。昨年来の景気後退は地方経済をさらに危機的状況に追い込んでいます。地方の自由度を大幅に高めるとともに地方が自由に使 える財源を確保することで、地方が主体の地方再生等を支援します」と約束しているのは心強い。来年3月末に期限が切れる「過疎法」に代わる新法を超党派の議員立法で成立させることも「地方の再生」のために不可欠である。

 「小規模町村の場合は仕事と責任を小さくし、都道府県などが肩代わり」とした2001年の「骨太の方針 第1弾」には、ひっそりと、「地方の活性化のために都市と農山漁村の共生と対流、観光交流、おいしい水、きれいな空気に囲まれた豊かな生活空間の確保を通じ『美しい日本』の維持、創造を図ることが重要である」という一文が書き込まれていた。「都市と農山漁村の共生と対流」は新政権も継承してよい地域政策の基本である。そして、厳しい現状にある農山漁村においてこそ、土地と暮らしのたたずまい・農林漁産物・自然エネルギー・支え合いが共鳴する地域の自活システムを作りだし、町村自治の力強さを示していきたいものである。

大森先生の写真です大森 彌(おおもり わたる):1940年生まれ。東京大学名誉教授。
元東京大学教授・元千葉大学教授。専門は行政学・地方自治論。地方分権推進委員会専門委員、日本行政学会理事長、自治体学会代表運営委員などを歴任。現在、全国町村会「道州制と町村に関する研究会」座長、社会保障審議 会介護給付費分科会会長、NPO地域ケア政策ネットワーク代表理事など。

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