全国町村会

都市・農村共生社会の構築に向けて
ー全国町村会 農業・農村提言のポイントと論点ー

明治大学教授 小田切 徳美

1.全国町村会の提言

全国町村会は、農業・農村政策の提言「都市・農村共生社会の創造」を策定した。

周知のように、2014年に入り、人口減少問題が社会的耳目を集め、「地方創生」が政府の主要課題となっている。その中心的論点のひとつである農業・農村やそれにかかわる政策のあり方を論じることは、 全国の町村にとって、特に重要なことであり、時宜にかなった提言と言えよう。

また、このような地方創生の動きとリンクしつつ、来年2015年3月には、政府の食料・農業・農村基本計画が改定される。政権交代により、農政は連続した大きな政策転換の真っただ中にある。 地域からは安定的な食料・農業・農村政策が求められ、通常の十年間という計画期間を超えた中長期の指針づくりが要請されている。

こうした状況の中で、提言作りが行われ、本年9月に公表された。既に、各方面での反応が見られる。例えば、石破地方創生担当大臣は、先の全国町村大会(11月19日)で、 この提言に関して、「『農村の共生社会の創造』という提言ですが、私はこれを読んで、本当に良い文章だし、よく考えていただいたと思っております。いつの時代も、国を変えるのは地方であり、 中央ではありません」と発言している。

しかし、この提言は、その重要性から、各方面でさらに議論されるべきものであろう。筆者は、提言づくりをサポートするための研究会(今後の農林漁業・農山漁村のあり方に関する研究会)の座長として、 本提言づくりに関わった。その立場から、この提言の特徴やポイント、そしてさらに議論されるべき論点等を論じてみたい。

2.提言の特徴

本提言には、2つの特徴がある。

第1に、時代認識である。それを「田園回帰の時代」とし、あえて提言の副題としている。最近ではしばしば新聞やテレビで報道されるように、若者を中心とした農山漁村への移住の動きがあるが、 それだけを指しているものではない。それを含めて、国民の農村への多様な関心を意味している。そのひとつの現れとして世論調査結果(内閣府「農山漁村に関する世論調査」2014年6月)がある。 これによれば、調査対象者の32%が将来、農山漁村での定住を望んでおり、9年前の調査と比較して、その値は11ポイントも増加している。国民の多様な田園回帰傾向は確かに強まっている。 このような追い風に促され、さらにそれをより強固なものとすることをこの提言は意識している。

また、その点と関わり、提言では、農村の新しい役割にも触れている。「再生エネルギーの蓄積の場」「新たなライフスタイル、ビジネスモデルの提案の場」等である。従来から、 農村が国土保全や国民の保健・保養のために果たしている役割は、いわゆる「農業・農村の多面的機能」として、さまざまな形で議論されてきた。しかし、田園回帰の時代には、 さらに新たな内容を持つものであることを論じている。

第2の特徴は、地方分権時代の農業・農村政策のあり方に踏み込んで議論をしている点である。しばしば指摘されているように、農業・農村政策は中央集権的な色彩が強い政策領域と言われている。 これは、かつての政策手段が、国家一元的な農産物価格政策(特に食管制度)を中心としていたことを背景としているのであろう。その後、この分野でも地方分権は進んでいるものの、 必ずしも国と地方自治体との役割が明示的に議論されることは多くはない。そのため、地方自治体からの政府への「要望」も、国があたかもすべての政策の企画・立案者であること前提として、 行われているケースも少なくない。

そこで、提言は、農政の領域を2つに区分している。第1の領域は、「競争条件整備政策領域」であり、関税、直接支払制度の設計、経営安定対策、基幹的な用排水路等の整備・保全、食品安全等、 広い意味での内外の競争条件を整備することを目的とする。この政策領域は、国レベルが主な政策主体となるべきものとした。第2の領域は「農村価値創生政策領域」である。これは、人や土地に関すること、 農業の経営力強化、多面的機能、地域主体の6次産業、食農・環境教育、都市住民・消費者との交流等、幅広い内容をカバーする。そして、これこそが、地方自治体、 とりわけ市町村が中心となる政策領域であるとしている。

そして、なによりも、こうした役割の違いを意識しながらも、両者が農業・農村政策の領域でパートナーシップの関係を構築することが強調されている。

3.提言のポイント−交付金−

上記の提言のフレームワークから、ある意味では必然的に導かれるのが、「農村価値創生交付金制度」(仮称、以下同じ)である。それが、本提言のひとつの大きなポイントと言えよう。それは、 国民の田園回帰傾向が強まる中で、地域はさらに自らを磨き、その価値を創生することが課題となっていることを意識したものである。

この交付金では、国は政策目的の大枠と総額を決定し、客観性に配慮した適切な指標で自治体に配分する。自治体は、農村価値の創生を目的として、具体的な政策を企画・実施することとなる。 現行の補助金よりも大幅に裁量は拡がり、各地域が真に必要な政策に充当することが可能となる。

従来も、各省でいろいろな交付金が作られたが、それは従来の補助金を形だけ統合した「メニュー補助金」に過ぎないものもあった。その点で、この「農村価値創生交付金制度」は、現在、 地方創生をめぐり議論されている「自由度の高い交付金」にも通ずるものであろう。

このような交付金の仕組みは、当然のことながら、自治体(町村)の主体性の確立を逆に求めることとなる。そのため、新たな交付金を活用した農村価値の創生が政策レベルで実現できるよう、 各自治体や各地域に実態把握や関係者との調整、課題解決策の提案等を行う専従職員(「地域農業マネージャー(仮称)」)を配置できるようにするような仕組みの制度化も提言している。

また、この交付金は、将来はともかく、現行の国庫補助の仕組みの移行を提案するものであり、新たな財源措置を求めるものではない。現に存在する予算を、 市町村の現場ニーズとそれに対する創意工夫により組み替えることから始めることとなる。

ただし、この交付金をめぐっては、詰めるべき実践的論点は少なくない。なによりも、その配分をどのような客観的な基準で行うのかという課題がある。また、市町村と都道府県の役割分担も課題である。 その点で、具体的な制度設計を巡って、さらなる議論と提案が必要であろう。

4.都市・農村共生社会の創造に向けて

以上、紙幅の制約により、提言が語る豊富な内容に対して、重要なポイントのみの解説とならざるを得なかった。そこで、本稿の末尾には、提言の「骨子」を掲げている。提言本文やその概要は、 全国町村会ホームページからダウンロードが可能であり、そちらも是非ご活用いただきたい。

最後に、次の点を強調しておきたい。

当然のことであるが、農村が農村のみを語り、その安定や発展を論じられないことである。農村が「危機」「曲がり角」にあるとされて久しいが、現在では同時に、都市も危機にある。都市の高齢化の進行は、 その量的な大きさにおいて、想像を超える面もある。そのため、「財政の都市への集中」と「農村たたみ」を内容とする「選択と集中」がいろいろな形で論じられ始めている。

しかし、むしろ、そうした時代だからこそ、都市と農山村が、それぞれの違いを活かした共生関係を構築することが求められる。「都市なくして農村の安心なし、 農村なくして都市の安定なし」が当然の方向として求められているのである。本提言のメインタイトルである「都市・農村共生社会の創造」は、まさにそれを意識したものであり、その哲学の浸透がなによりも期待される。

5.【資料】提言の概要

都市・農村共生社会の創造−田園回帰の時代を迎えて−

  

【第1章 農村に息吹く新たな動き】

農村地域では、過疎高齢化の進展、就業人口や農業所得の減少等により低迷が続いているが、近年、農村の潜在的な価値を再評価し、活用しようという動きが高まっている。 こうした動きを「田園回帰」と捉えてみたい。

  

【第2章 農村のあるべき姿】

1.農村の新たな可能性

農村の新たな可能性に着目するとき、その存在意義は一層増す。農村は、食料の供給や水源のかん養、国土の保全などに重要な役割を果たすが、人口減少時代に入り、大地震なども予測される中、 新たな可能性を考えてみたい。

@ 少子化に抗する砦:農村は少子化に抗する砦となる可能性を秘めている。出生率は農村の方が総じて高く、出生率の低い都会に子育て世代が集中する矛盾の解消が、少子化対策の第一歩。
A 再生可能エネルギーの蓄積:農村は再生可能エネルギーの宝庫。農村に賦存するエネルギーを活用し、農村の再生・復活を目指すべき。
B 災害時のバックアップ:大規模災害で被災した都市住民の受け入れや被災者の生存を支える等、農村が果たしうる役割を再評価すべきではないか。
C 新たなライフスタイル、ビジネスモデルの提案の場:最近、農村が、新たなビジネスモデル(サテライトオフィスなど)の構築等、ライフスタイルの提案の場になりつつある。

2.農村のあるべき姿

農村を志向する人が豊かに暮らしていくためには、農村が将来にわたり自律し、持続する必要がある。その条件として、以下が求められる。

@ 地域資源を活用した農業が持続的に行われていること
A循環型社会であること
B 集落の機能が維持され開かれていること
C 若者や女性が活躍できる場であること
D交流が継続していること

  

【第3章 農村のあるべき姿を実現する農業・農村政策】

1. 農業・農村政策の基本的な方向性

食料・農業・農村基本法が掲げる3つの基本理念−「多面的機能の発揮」「農村の振興」「農業の発展」−間には、不均衡・不整合が存在。これらの解消とバランスの均衡が農村の価値を創生し、 ひいては田園回帰基盤の構築へと向かう。

2. 農業・農村政策のあるべき枠組み

国と自治体が新たなパートナーシップを構築し、それぞれの役割を分担する。自治体は「農村価値創生政策」を担い、自治体の裁量を拡大した新たな交付金制度により政策を実施する 。

(1)国と自治体の新たなパートナーシップの構築と役割分担

@ 競争条件整備政策【国の役割】の内容:関税、直接支払制度の設計、経営安定対策、基幹的な用排水路等の整備・保全、食品安全等
A 農村価値創生政策【自治体の役割】の内容:人や土地に関すること、農業の経営力強化、多面的機能、地域主体の6次産業、食農・環境教育、都市住民・消費者との交流等

(2)「農村価値創生交付金制度(仮称)」の創設

自治体が担う農村価値創生政策を実施するため、「農村価値創生交付金制度(仮称)」を創設する。

@ 現行の国庫補助の仕組みを移行、新たな財源措置や予算の減額を予定しない。
A 国は政策目的の大枠と総額を決定し、自治体は自らの裁量で具体的な政策を企画・実施。
B 新たな交付金を活用した農村価値の創生が政策レベルで実現できるよう、専従の「地域農業マネージャー(仮称)」を設置。

  

【第4章 都市・農村共生社会の創造〜田園回帰の時代を迎えて〜】

真に必要なことは、「都市・農村共生社会」の創造であり、「田園回帰」の時代を迎えることによって創造への道筋が、より鮮明に浮かび上がってくる。農村価値の創生は、一方的な主張でなく、 農村サイドの責務でもある。都市・農村共生社会の実現には、国民的な運動が不可欠である。全国の町村は、各主体とともに中核的な担い手となる決意である。

小田切氏の写真です小田切 徳美(おだぎり とくみ)

1959年神奈川県生まれ。農学博士。東京大学農学部卒業。同大学院博士課程単位取得退学。高崎経済大学経済学部助教授、東京大学大学院助教授等を経て、2006年より明治大学農学部教授。 明治大学農山村政策研究所代表。
専攻は農政学・農村政策論、地域ガバナンス論ふるさとづくり有識者会議座長(首相官邸)、国土審議会委員(国土交通省)、過疎問題懇談会委員(総務省)、 食料・農業・農村審議会委員(農林水産省)、今後の農林漁業・農山漁村のあり方に関する研究会座長(全国町村会)等を兼任。 主な著書に、『農山村再生』(岩波書店)、『農山村再生に挑む』(編著、同)、『地域再生のフロンティ』(共編著、農文協)、『農山村は消滅しない』(岩波書店)等多数。

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