全国町村会

過疎法の延長と新たな過疎対策

早稲田大学教授 宮口 侗廸(第2720号・平成22年5月24日)

1.はじめに

この3月10日、過疎地域自立促進特別措置法の一部を改正の上6年間延長する法案が参議院で可決成立した。すでに終えていた衆議院での議決と併せ、全会一致による議員立法で議決されたことはいままでと同じである。周知のとおり、自民党は過疎法の期限切れを前に新法の制定の方針を昨年の7月に発表していたが、その後政権交代があり、新政権では、とりあえず過疎法を3年間単純に延長し、その間に本質的な議論をする案も浮上していた。しかしその後の与野党協議の中で、一部改正の上6年間延長するという案に落ち着いたものである。ポスト過疎法をめぐる議論にこの数年かかわってきたものとして一抹の不安がないわけではなかったが、正直ホッとした思いである。

その改正案の内容は国会の採決に先立って公表されたが、一部改正とはいうものの、過去の4次にわたる過疎法になかった、ソフト事業への過疎債の充当がはっきりと認められる画期的な内容が伝えられたことは、多くの過疎地域関係者にとってこの上なく喜ばしいニュースであった。初めての過疎法制定以来40年を経過する中で、ソフト事業への過疎債充当の要望は極めて強いものになっていたからである。筆者も、何人かの過疎地域の首長さんから、喜びの電話をいただくことができた。

2.過疎法拡充延長に至る議論

過疎法を主管する総務省では、この3年間、かなりの回数の過疎問題懇談会を開催し、今回延長された過疎法の失効後の過疎対策について議論を重ねてきた。そこでは詳しいデータに基づいて過疎地域のきびしい状況を客観的に把握する一方で、過疎自治体関係者からのヒアリング、さらには現地調査を実施し、過疎地域の実像をリアルに把握することに努めてきた。そしてさらに、過疎地域が本来的に持つ価値について、突っ込んだ意見交換を行ってきた。

提示された資料によって、過疎地域の人口減少・高齢化は依然として続き、高齢者が大半を占める集落がかなりの数に上ることや、減少の中身もいまや自然減が主体であることが明らかになった。また、過疎地域の多くは、活発な都市経済の恩恵を受けにくい遠隔地域にあり、効率的な産業の育成が困難であるのみならず、生活基盤整備においてもまだまだ不十分な状況にあり、全国で急速に進む情報基盤整備も、相対的に遅れているのが実情である。特に、もともと公共交通が不十分なことに加えて、民間バス路線の多くの撤退があり、日常の足の確保は大きな問題になっている。これと関わって医療の受診等でも大変に不便な状況にある。

しかし一方で過疎地域の住民の多くはその土地に住み続ける強い意志を持ち、行政もきびしい財政の中で、住民の生活を守る施策を何とか展開している。そして住民は、財政力の弱さからくる行政の十分とはいえない対応を、集落や地区の支え合いと協働で補って生活を守っていることも明らかになった。その意味で、集落が生活の場として活力を保てるようなソフトな対策が不可欠であるという議論から、平成20年には過疎問題懇談会として、集落支援員の創設を含む「集落対策についての提言」を発表させていただいた。

現行過疎法制定時において、過疎地域は、面積では国土の約半分を占めるにもかかわらず、人口比率はわずか6%であった。これは裏返せば、いかに少数の人口で広大な国土を管理しているかということに他ならない。そしてそこには自然と共生しつつ、自然を巧みに扱う人の営みと支え合う地域社会が、長年にわたって蓄積されてきた。これは都市とは異なる人間社会のつくり出した価値であって、このような営みが続けられてきたからこそ、耕作放棄地が増えているとはいえ、緑なす山々に抱かれた農山村の風格のある風景が、現代まで維持されてきたのである。そしてそこには、ハード中心とはいえ、山間に点在する集落を結ぶ道路の整備など、今までの過疎法の大きな支えがあった。

筆者は10年余り前、4番目の過疎法である現行過疎法のあり方を議論する懇談会に委員として参加させていただいたが、そこでは初めて、過疎地域の役割に議論が及んだ。そして、従来いわれてきた格差是正が過疎対策の重要な柱であることに加えて、「多様で美しく風格ある国づくりへの寄与」「国民が新しい生活様式を実現できる場としての役割」「長寿高齢化社会の先駆けとしての役割」という、過疎地域の果たすべき役割があることが、過疎法が必要な根拠とされたのである。

近年、限界集落という用語が頻繁にマスメディアにも登場するようになった。住民の多くが高齢者で、従来のような集落の支え合いが困難になっている集落は確かに増えた。しかし高齢化率何%という数値が地域社会のリアルな姿を示すものではない。そこに都市にはない支え合いのしくみをつくることができれば、お年寄りの生活の場として大きな存在価値があると考えるべきである。

筆者はもとより多くの過疎地域を歩かせていただいているが、高齢化が極度に進んでいる山間集落にあっても、元気なお年寄は小規模な農地を巧みに利用する技を持ち、幾星霜を超えてきた会話は、客観的な数値からは想像できないほど明るいことが多い。そして何よりもほとんどの人が、その土地で住み続けたいという意思を持っている。土地を直接使って生きる暮らしは、都市にはない対極の価値と筆者は考えてきたが、このような暮らしがわが国から消えれば、社会は極度の競争社会となり、格差が増すだけである。

もちろん日常の交通手段やこれにかかわる医療の体制など、都市とは比べ物にならないほどきびしい状況がある。しかしそれらに対して対策を講ずることができれば、過疎地域は人の暮す場として、決して劣る場所ではない。むしろ都市よりも人間的な、おだやかな生活の場になり得る。そしてそのためには有効なソフト事業が不可欠であるというのが、懇談会の議論の大きな流れであった。

今回の過疎法の拡充延長の眼目は、第12条2項に、過疎債を充当できるソフト事業がはっきりと書き込まれたことにある。特に、「地域医療の確保、住民の日常的な移動のための交通手段の確保、集落の維持及び活性化」の3項目が重点的に挙げられており、この点で懇談会の議論を強く反映したものになっていることは心強く、当局の努力を多としたい。

3.今後の過疎町村の過疎対策のあり方について

改正過疎法第12条2項には、ソフト事業に過疎債を充当できる限度額を省令で定めることが記されているが、総務省は、4月22日にこれに関する省令を出し、その限度額を定めた。その数式は<基準財政需要額×(0.56−財政力指数)×1/15>というものであるが、この式にかかわらず基準財政需要額の小さい自治体であっても、3,500万円を最低限度額とすると定められ、小規模町村に配慮したものとなっている。小規模な過疎町村であっても、年間3,500万円までの過疎債のソフト事業への充当が認められたことは極めて大きな意義がある。総務省は同時に「地方債同意等基準運用要項」等を都道府県を通して過疎市町村に通知したが、過疎債による基金の償還前の取り崩しも認めるなど、全体としては従来よりも過疎債の使途について大きく緩和された内容になっている。

ただし過疎債のソフト事業への充当については、その事業が過疎地域自立促進市町村計画において「特別に地方債を財源として行なうことが必要と認められる事業として」、きちんと位置づけされていなければならない。総枠としての歯止めはあるとしても、やはり安易な予算の消化を防ぐためには当然の措置であろう。したがって過疎市町村は、実効性のある市町村計画の策定に全力を挙げなければならない。

この市町村計画については、策定の義務付けが廃止されて「できる」規定に変わったものの、財政上の特別措置を受けて過疎対策を行なうためにはその前提となるものであり、その策定は必然である。そして実効性があってなお持続可能なソフト事業の綿密な立案は、「言うは安く行うは難し」であろう。したがって法律改正の意義を活かすためには、市町村はその知的パワーを結集して策定に全力を挙げる必要がある。

町村は一般に市に比べれば小規模な自治体である。先に全国町村会が行なったアンケート調査においても、一部の分野の専門的職員が不足している事実がある。したがってソフト事業を含む実効性のある市町村計画を早急につくることには多少の困難も伴うかもしれない。この点を克服するためには、先進的な試みを早くから進めている町村に学ぶことが何よりも大切である。すでに住民のための独自の過疎対策の実を挙げている町村は少なからずある。通り一遍の視察ではなく、独自の事業を進めている地域のキーパーソンから担当者が真剣に学び、それを地元にふさわしい形に変換する努力が求められる。

地域は千差万別であり、小規模な町村ほど行政と住民の距離は近い。このことは住民が日常的に求めているリアルな要望が、行政により強く伝わっていることを意味する。そのニーズを実現するために、過疎債の活用によってどのような方式が可能か、まさに地元から考えるしかない。この点で立案能力が高く事例に詳しい県の担当者のアドバイスを受けることも必要であろうし、外部の専門家の助力を仰ぐことも大切であるが、計画づくりを安易に外部に丸投げすることがあってはならない。日ごろから地域の実情を知る職員が中心になり、しぶといかかわり合いの中で住民と共に市町村計画を立案していくべきである。持続可能なソフト事業が地域オリジナルに立案できるかどうかが、今後の過疎地域の動向を左右する。まさに新たな競い合いの始まりでもある。

しかし、これは単なる競合するビジネスの競い合いではない。よりよい見本が見つかればそれを取り入れて修正していけばいいのであって、負けたらつぶれるという競い合いではない。互いに学びながらよりよいソフト事業を定着させることが肝要で、そしてそのためには町村が相互に先進的な取り組みの情報をキャッチすることが必要になる。

総務省過疎対策室は、今回の改正を視野に入れて平成21年度に研究会を立ち上げ、ソフト対策の推進のための議論を進めた。この研究会では学識経験者委員の他に県の担当者と数人の過疎自治体の首長の参加を求め、すでに実施されているソフト対策について実情を把握し、意見交換を行なった。その報告書には、今後のソフト対策の留意点が整理されていると共に、住民の足の確保対策、情報基盤の活用方策、高齢者への見守り、医療の確保、集落支援方策などについて、すでに実施されている多くの事例が報告されている。活用いただければ幸である。

4.おわりに―町村への期待―

町村は一般に小規模自治体である。規模が小さければ規模の経済は成り立たず、さまざまなことが効率的には運ばない。バス路線が赤字になるのはその簡単な例である。機械的な計算からすれば、町村において多くの事業が成り立たなくなる。

しかし小規模な自治体においては、住民と行政の距離が近く、住民を巻き込んだ話し合いは容易である。また、地域にどのような人材がいるかも、かなり把握されやすい。地域社会は必ずしも機械的に動いていくわけではなく、人と人がかかわりあって成り立っている。そのリアルなかかわりあいをうまく活かして住民パワーを活かし、支え合うしくみをつくることができれば、町村の規模が小さいことがプラスに働く。工夫によっては、まさに小さいからこそできることがあるのである。

住民の足の確保についても、取り崩し可能な基金を認めるなど、今回の過疎法の改正でかなりの可能性が広がった。しかし都市部と同じような機械的なシステムのみに頼ろうとするのではなく、住民パワーを巻き込んで、きめ細かな独自の輸送システムを立案する工夫があってしかるべきである。過疎地域で生き抜いてきた人には、車や重機の運転、大工仕事などにマルチな能力を発揮する人が少なくない。数は少ないが頼りになる人がいるはずである。

小規模自治体で地域独自のいい工夫が生まれるためには、住民との絶えざる話し合いの中で、住民に自分の果たすべき役割に気づいてもらうことが何よりも大切である。さまざまな異質の力を結集することがまさに協働であり、それをうまく仕掛けるのは自治体職員の仕事である。特に町村職員は、日ごろから人に関する情報をキャッチし、機械的な計算ではできないことができるような協働をつくり出すよう心がけるべきである。これは単なる経費削減的発想ではない。そもそも必要不可欠なことに赤字という発想を持ち込むことがおかしい。

改正過疎法が限度額はあるもののソフト事業に大きくシフトしたことによって、小規模自治体が住民パワーを巻き込んで多彩な事業が展開できる可能性が大きく広まった。人口という数による効率を求めるのではなく、人と人のつき合いと支え合いの力で、都市にはない町村の存在価値を示していただきたいと思う。

宮口氏の写真です宮口 侗廸(みやぐち としみち)

早稲田大学教育・総合科学学術院教授、同学術院長、文学博士、専門は社会地理学・地域論

富山県細入村生まれ、東京大学理学部地理学科・同大学院博士課程に学ぶ。1975年に早稲田大学教育学部に勤務、1985年教授、現在に至る。

総務省過疎問題懇談会座長として過疎法改正延長に尽力、自治大学校講師、農水省美の里づくりコンクール審査委員、富山県景観審議会会長などを務める。

富山市に住み、地方と東京を見つめる生活を25年近く続ける。

〔著書〕『地域づくり―創造への歩み―』(古今書院)、『新・地域を活かす― 一地理学者の地域づくり論』(原書房)など。

論説
バックナンバー
青木 辰司
青山 彰久(1)
青山 彰久(2)
青山 彰久(3)
青山 佳世
池谷 奉文
井手 英策
今井 照
内橋 克人
内山 節
大江 正章
大森 彌(1)
大森 彌(2)
大森 彌(3)
大森 彌(4)
大森 彌(5)
大森 彌(6)
岡崎 昌之(1)
岡崎 昌之(2)
岡田 知弘
小田切 徳美(1)
小田切 徳美(2)
小田切 徳美(3)
小山 善彦
木村 俊昭
佐藤 誠
進士 五十八
生源寺 眞一
神野 直彦(1)
神野 直彦(2)
図司 直也
田中 淳夫
谷川 健一
浜田久美子
藤山 浩
松本 克夫(1)
松本 克夫(2)
宮口 侗廸(1)
宮口 侗廸(2)
村田 泰夫
山本 信次
結城登美雄