全国町村会

無秩序な大きな街から小さな美しいまちをつくる時代

(財)日本生態系協会会長 池谷 奉文(第2696号・平成21年10月12日)

私たちの地球は、46億年という想像を超えた長い年月をかけて、微妙なバランスの上に成り立つ自然の生態系を形成してきた。自然の生態系は、原始の時代から今日のハイテク時代に至るまで、その豊かな恵を生態系サービスというかたちで私たち人類の生存を支えている。

ところが、ここわずか100年という短い間に、産業・経済活動の急速な発達と、それに伴う人口の急増が起こり、人類はかつて経験したことのない生存の基盤である生態系の大破壊を自ら招いてしまった。開発による身近な自然の喪失、地球温暖化やオゾン層の破壊など地球規模の 問題、最近話題の環境ホルモン、そして多くの野生の生きものの絶滅など、失ったものはあまりにも大き過ぎる。

21世紀を迎えた今、経済・効率優先の時代から、環境優先の時代への転換が世界的に求められている。つまり、現在生きている私たちだけではなく、これから生まれてくる子ども たち、そして遠い将来の世代が自然の恵を受けることができる「自然と共存する社会づくり」が必要となっている。

1992年、ブラジルで「環境と開発に関する国連会議」が開かれ、 従来の開発一辺倒から自然との共存への大きな方向転換が提案された。ヨーロッパ諸国やアメリカなどの環境先進国では、都市計画、国土計画など土地利用の検討、積極的な環境教育、ボランティア活動など、既に社会が一体となった取り組みが始められている。世界に一歩遅れを取って しまったが、わが国においても、従来のあり方を見直し、新しい社会づくりをしていかなければならない。


健全な社会は健全な生態系の上に成り立つ

健全な地域社会は、健全な自然の生態系が守られていることで、はじめて成り立つ。なぜなら、私たちの生活は、自然の生態系サービスから 受けるさまざまな恩恵によって支えられているからである。世界のまちづくりの中では、このことはもはや常識として認識されている。


世界の自治体が目指しているまちづくりの最大のテーマは、「持続可能な発展」である。そのためには、健全な自然の生態その上で健全な経済活動を行い、健全な地域社会を築いていく必要がある。

自然の生態系は、土、水、大気、 太陽光、そして多くの野生の生きものの5つの要素から構成されている。この自然の生態系が健全な状態であれば、私たちは持続可能な社会を築くことができる。

地域における生態系サービスの質 と量は、その地域ごとに決まっているため、その許容範囲で暮らしていけるまちづくりを行うことによって、子や孫の代までも持続可能なまちになるのである。

このような持続可能なまちをつくるためには、人口が少ない方が望ましい。どこを将来の世代のために自然のままに残し、どこを現在の世代が利用し、どこを現在の世代の責任として再び自然に戻していくかを考える必要があるからである。コンクリートとアスファルトで埋め尽くされた都市においては、このような選択が極めて困難な現状にある。まさ にこれからの時代は、町村に有利な時代を迎えることになるのである。

魅力的なまちは生態系と伝統文化でつくる

魅力的なまちをつくるための重要なポイントは、その地域の自然の生態系と伝統文化を大切にすることである。

日本には、植物で7,000種以上、昆虫類では70,000種以上も分布していると推定されており、日本にしか見られない固有種も多い。さらに、同じ種であっても、地域ごとに遺伝子が異なっている場合も多い。つまりその地域に生育・生息する野生の生きものは、その地域にしかない、極めて貴重な資源だと言える。


2004年に創設された国連「地球大賞」を世界で最初に受賞したブータンは、環境の保護と持続可能な発展を国づくりにの中心に据え、憲法の中にも「国土の少なくとも6割以上が常に自然の森で覆われていることを保障」すると謳われており、都ティンプーのまちも周囲を広大な自然 の森が取り囲んでいる。また、ブータンでは、物質的な豊かさと精神的な豊かさをともに満たす指標として、GNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)の指数化に向けた研究も進められている。

また、数百年の間に培われた地域特有の伝統文化も、その地域特有の自然と人との長きに渡る関わり合いの結晶であり、世界中を探しても二つと無い個性豊かな財産である。

その地域に備わっている自然の生態系の要素には、どのような特色があるかを調べること、また、その地域では当たり前のこととして受け継がれてきた生活習慣をはじめとする伝統文化に光を当てることで、地域固有の輝きを放つそのまちの個性となる。

その地域に備わっている自然の生態系の要素には、どのような特色が あるかを調べること、また、その地域では当たり前のこととして受け継がれてきた生活習慣をはじめとする伝統文化に光を当てることで、地域固有の輝きを放つそのまちの個性となる。

この財産を守り、活かすことが、地域の個性ある産業を支え、ひいては地域の持続的な経済に結びつくのである。それぞれの町村において、 このような環境・経済の戦略を打ち出すことが、これからは重要な視点となる。

危機を迎えているわが国の町村の実態

ここで、日本の町村の実態について触れておきたい。全国各地から誘いを受けて、講演の旅に出かけて行き、その地域・その土地を案内して もらうことが多いが、これからのまちをつくり上げていく財産である自然の生態系が意識的に守られ、残されているまちが非常に少ないのは残念である。

また、自然の生態系とともに重要な、地域固有の伝統文化も、次の世代に受け継がれることなく消えていっており、これも大いに危惧され る。


デンマークのリーベ市は、コウノトリがまち中で子育てをするなど自然と調和し、デンマークで最も古いまちとし伝統を大切にしている。住民の生活を支える農業は、生産性のみを追求するのではなく、自給自足できれば良いという考え方に基づいている。村の中心部を川が流れ、休日には住民がボートに乗って余暇を楽しんでいる。来訪者に合わせて観光施設を造るのではなく、500年前の建物をホテルに利用するなど昔と変わらない美しい風景を維持しながら、普段の生活そのままの姿を見せることで、人気の観光地となっている。

これまでの土地利用は、現在の世代の経済活動のために、将来の世代に残しておくことなく全ての自然の森を林地に、全ての湿地を農地に変えようとしてきた。しかし、経済的に合わなくなった土地を元の自然 に戻すということは、持続可能なまちを目指す上での原則である。

健全な自然の生態系を取り戻すためには、まちの少なくとも60%の土地を自然のままに、あるいは元の自然に戻すという考え方を持 つ必要がある。これまで利用してきた林地や農地を自然に戻すということは、そのままの状態で放置しておくことではない。これからの時代に必要不可欠な公共事業と言える。

自分たちのまちは自分たちでつくる

まちづくりの原則は、「自分たちのまちは自分たちでつくる」ことである。そのためには、小さい行政の方が適している。住民が自分たちの まちは自分たちで守っていこうという意識が生まれてくるかどうかが、基礎自治体にとって最も重要である。この点から言えば、平成に入ってからの中央主導による市町村合併は、明らかに誤りである。

わがまちの自然の生態系と伝統文化を自ら守り、故郷の宝に誇りを持ち、心豊かに楽しい生活が送れる社会こそが、持続可能なまちの姿であ る。一年に一度のお祭りを住民同士が結束して準備する、道路が壊れた時は皆一緒に修繕する、まち中や田んぼを流れる水路も皆で考えて一緒に整える。このような、かつてわが国の町村では当たり前であった生活スタイルを取り戻すことによって、結果としてまちの経済を活性化させる観光にも大いに役立つことになる。

アメリカのイサカ市では、コーネル大学と協働して、ネイバーフッド(neighborhood:近隣社会)によるまちづくりに取り組んでいる。「人が互いに知り合いながら生活できる最大の数」として、30世帯をひとまとまりとするエコビレッジを形成している。このエコビレッジには約120人の大人と60人の子どもが住み、住宅以外に「コモンハウス」と呼ばれる集会施設や、住宅地の裏側に広がる草地、家から目が届く範囲にある共同の水辺の遊び場などの「コモンエリア」があり、共助を育むまちづくりが行われている。

わが国の町村の再生は、まず健全な自然の生態系の質と量を把握することから始めていく必要がある。そして、また、伝統文化を掘り起こし、再確認する必要がある。

これからはまさしく町村の時代を迎える。持続可能な魅力あふれるまちづくりに向けて、町村長がリーダーシップを取り、50年・100年先を見据えた長期的なビジョンと戦略を打ち出し、町村の再生に取り組まれることを願って止まない。

池谷先生の写真です 池谷 奉文(いけや ほうぶん):財団法人日本生態系協会会長
〔主な役職〕・・財団法人埼玉県生態系保護協会会長、社団法人日本ナショナル・トラスト協会副会長、自然再生専門家会議委員、国土交通省関東地方整備局埼玉圏央道オオタカ等保護対策会議委員 ほか
〔著 書〕・・『美しいくにをつくる新知識−持続可能なまちづくりハンドブック−』(株式会社ぎょうせい)、『環境を守る最新知識− ビオトープネットワーク・自然生態系のしくみとその守り方−』(株式会社信山社)、『環境教育がわかる事典』(柏書房株式会社) ほか

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