全国町村会

日本社会の底割れを防ぐために

慶應義塾大学経済学部教授 井手 英策

  

財政ではなく社会が危機である

日本の財政が危機的な状況にあることは広く知られている。だが、私たちの社会こそが危機的な状況にあることを知る読者はどれ位いるだろう。

国際社会調査プログラムやPew Global Attitudes survey等のデータを見ると、他者をどの程度信頼しているかを示す「社会的信頼度」という項目に出くわす。この概念を追跡していて面白いことに気がついた。それは、 社会的信頼の低い国ぐにでは格差が大きいこと、格差が大きい国ぐには小さな政府であることが多いということである。

冷静に考えれば当然のことかもしれない。周囲の人びとを信頼しない国民が貧しい人を本当に救済しようと思うだろうか。いやそれ以前に、他者を信じない国民が見知らぬ他人のために税を納めようと思うだろうか。 もし、税が集まらないとすれば、政府は小さくなり、財政をつうじた格差是正力も弱くなる。

じつは、以上の「不幸の条件」がことごとく当てはまるのが日本である。調査でばらつきはあるが、日本は先進国のなかで他者を信頼しない国のひとつだ。また、OECD加盟国のなかで格差の大きな国に位置し、 かつ財政の規模や労働者に占める公務員の割合で見ると明らかに小さな政府である。

いま一歩踏み込んでみてみよう。財政をつうじた格差の是正にはふたつの経路がある。ひとつは低所得層向け給付、いまひとつは高所得層への課税だ。だが、前者は調査対象国21カ国中19位、 後者は最下位なのが日本財政の現状である。

社会的信頼度を丁寧に見ていくと、いくつかの悲しい現実に突き当たる。まず、経済的に貧しい国の人びとは人間を信頼しない傾向が強い。また、学歴や成績は社会的信頼度と深く関係しており、 端的に言えば、低学歴で成績の悪い人ほど他者を信頼しない傾向がある。これらの結果は、貧しい国ぐににおいて、教育機会が十分に与えられていないという事実とも符合する。

だが、これは途上国だけの問題ではない。一般的に、先進国は途上国にくらべて教育サービスが充実している。だが、日本の公的な教育投資は、量的にいうと先進国でかなり低いレベルである。 それだけではない。「経済的に恵まれない大学生に対して政府は支援を行うべきか」という質問に対し、日本人の42%がこれを否定している。ちなみに2位の国は27%である。社会不信が所得格差を生み、 所得格差が教育格差を生み、教育格差が社会的信頼を損ねる、そんな負の循環が日本を覆っている。

このような事実と向き合うと、 そもそも日本人は貧しい人のことをどう考えているのかを知りたくなる。(1)「格差是正は政府の責任か?」(2)「所得はもっと平等であるべきか?」という質問に対する日本人の賛成者の割合は非常に低い。 (1)への賛成者の割合が平均で7割なのに対し、日本は5割しかない。(2)についてはOECDの平均値5割に対して日本は3割である。これだけ格差に無関心であれば、再分配機能の弱い財政が生み出されるのも当然である。

繰り返しいえば、日本の財政は先進国のなかで小さな部類に属する。それにもかかわらず空前の財政赤字が積み上がったのだから、財政赤字の原因は明らかに税収の不足である。これも社会的信頼とかかわっている。 統計的にいえば、人間を信頼しない社会では税収が少ないからだ。財政赤字の根幹には「人間を信じない社会」という深刻な病がある。

1990年代の半ばと比べると平均世帯所得は17%減少した。年収400万円以下の層も80年代の水準にまで増大している。しかも、これらの変化は、専業主婦世帯が激減し、共稼ぎ世帯が急増するなかで、 つまり稼ぎ手が一人から二人になるなかで起きた。中間層の「剥落」が進み、社会には不信感が蔓延した。そして低所得層に不寛容な、格差を黙殺し、放置する社会が生み出された。果たして、このような社会は、 次の世代の子どもたちが生きるに値する社会なのだろうか。

不信感を助長する対立の構図

J・J・ルソーが「社会契約論」のなかで明確に述べたように、対立軸の多い社会は分裂の危機にさらされる。そしてこの「対立軸の多さ」こそが日本の財政や社会を貫く特徴でもある。

一つ目の対立軸は世代「内」対立である。すでに指摘したように中間層と低所得層の間には深刻な分断が生じている。その理由のひとつに、 日本の財政には「所得制限」が多く、「中間層=負担者」、「低所得層=受益者」という図式が出来上がっていることがある。結果、前者による後者への批判が強まり、再分配のための支出が削減の対象とされ、 中間層が必要とする経費へと「再配分」するよう求める声が強まっている。

これに世代「間」対立が重なる。若者が離職率や失業率の高さを問題とすれば、高齢者層は、中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が就職後3年以内に離職するという「七・五・三現象」を掲げ、 こらえ性のなさを批判し、これに反論する。現役世代が将来負担を問題視すれば、高齢者は遺産による現役世代の受益を強調する。消費税の増税をめぐっては高齢者に負担を求める税が「公平」な税とされた。

このような世代の内部、外部での対立軸にくわえて、いま明らかになりつつあるのが、 地域間の対立である。「2040年には896の自治体が消滅する」―日本創成会議の人口減少問題検討分科会の推計は日本の政治を揺り動かした。自治体消滅問題である。

日本創生会議の報告書を一読すればわかるように、極点社会論、自治体消滅論の基本的な発想は「選択と集中」にある。このメッセージは、裏返せば、過疎地域や中山間地域からの撤退、 あるいは投資の縮減を黙認することを意味している。

農山村から三大都市圏への人口流出は否定される一方、地方の大規模・中規模都市への人口流出が肯定されるという論理は、私には納得しがたい。農山村の衰退という点では両者は何もかわらないからだ。

安倍政権は、日本創生会議の「選択と集中」路線とは一定の距離を取り、積極的な地財対策を実施した。だが、問題の本質はそこにはない。農山漁村からの撤退を謳う言説が政治的な影響力を持ったこと、 そして極点社会や自治体消滅をキーワードとしながら、全体として農山漁村の自律性を軽視する議論が公然とまかり通ったこと、これらの現実を私たちは直視すべきだ。

このような地域間対立の動きは唐突に起きたのではない。むしろ2000年代に入って一気に表面化した都市住民の農山村に対する共感の希薄化の一部と見る必要がある。ひとつ印象的なデータを示しておこう。 地域の将来に対する不安を尋ねた内閣府の調査によると、東京の都区部の住民の34%が不安だと答えたのに対し、町村の住民は58%が不安だと回答している。都市部の住民と地方部の住民の意識格差は数字のうえではっきりと表れている。

このような認識のズレは、地方への財源移転に対する批判を生み出した。2000年代に入ると公共事業に対する執拗なまでの「ハコモノ批判」が繰り返された。容赦のない批判が続いた結果、 公共事業予算はピーク時から半減し、兼業先を失った農家は耕作を放棄した。地方部からの東京圏への人口流出も臨界点に達した。こうしてとうとう自治体消滅が喧伝される事態に立ち至ったのである。

この動きと軌を一にするように実施されたのが小泉政権下の三位一体改革だった。3兆円の税源移譲を実現した一方、返す刀で10兆円に迫る財政移転の削減が強行されたことは記憶に新しい。 いわゆる地財ショックによって自治体は大混乱し、戦後地方財政史に残る惨事が自治体関係者の脳裏に刻印された。

こうした地方切り捨ての動きは、都市部住民が政治的多数者となる一方、中間層の所得水準が低下し、厳しい財政事情のもと利益分配メカニズムが後退することで現象化した。 地方住民の既得権益に切り込むかたちで、財政規模を圧縮し、租税負担を軽減化する圧力が強まったのである。さらには直近の「中央公論」誌で増田レポートの第二弾が発表された。 そのなかでは経済効率性を盾に高齢者の生活権にまで介入しようとする「姥捨山」的思想が提示された。機能分化を中央主導で「設計」しようとする傾向は強まる一方である。

日本社会全体を覆い尽くす対立軸が不信社会の根底をなしている。人間と人間の対立は疑念を生み、誰が無駄遣いを行い、誰が租税負担を免れようとしているのかという「犯人探し」の風潮を広める。 事態は悲観的である。私たちは、このような状況に対して、人間が信頼しあう社会の再生という問いを対峙させ、公共性をどのように再編していくのか、早急に見通しを示していかなければならない。

時代の転換点における財政改革

私たちは何気なく「公共」という言葉を使うが、この言葉はじつにうまくできている。日本の村落社会では、伝統的に、消防や警察、教育、道路の建設、水や森の管理等々、人びとが生活するうえでの必要なものを、 共同体の内側で、助け合いながら満たしてきた。だが、人びとがいくつもの戦争に動員されたことを契機として、この「共」の領域は税を対価としながら「公」の領域へと吸い上げられてきた。 財政の歴史とは経済負担を強めながら「共」を「公」が絡め取っていく歴史であり、だからこそ財政を「公共の経済」と呼ぶのである。

私たちが社会の対立軸を解消する方法を考えるとすれば、人間が協働で提供してきた必要を満たすという財政の原理、いわば「必要主義」に立ち返らなければならない。なぜならば、 先のルソーも述べているように、個別利害をめぐっては人間と人間は対立しあうが、人間が共通して必要となる利益を重視すれば、お互いが対立しあう契機を失うこととなるからである。

必要主義の発想からは、所得や年齢、性別によって受益者や負担者を区別せず、必要という原理にしたがって、人間の欲求を満たすことをめざしていけばよい。 ここで重要になるのは、「必要主義化」には大きく2つの方向性が存在するという点である。ひとつは、一定の人口が存在する都市部における必要主義化である。所得制限を外しながら中間層の受益を分厚くすることで、 租税抵抗や低所得層への批判を緩和する方向性がこれに該当する。いわゆる北欧モデルに近い。北欧諸国は先進国きっての高信頼社会であるが、 要するに受益者の幅を広げることで「嫉妬」の領域を最小化している社会なのである。

だが、日本型の必要主義は北欧モデルには還元できない。なぜなら、都市モデルには属さない地域、都市とは自然環境が違い、人口規模が非常に小さい地域が日本には多く残されているからである。 したがって、必要主義の2つ目の方向性は、農山漁村を中心とする町村型モデルとなる。これは伝統的な社会資源を活かすために、共同体を「ひら」き、行政の垂直的サポート、集落間、 共同体内外の組織間の水平的サポートを交錯させるモデルである。

たとえば、岡山県の西粟倉村では、行政の計画性が強まる一方で、ベンチャー企業を活用した公共部門の機能代替が進められている。富山県の舟橋村では宅地造成と公園建設、 子育て施設を組み合わせた「共」のプラットフォーム作りが企図されている。さらに、高知県の大豊町では水道施設の共同管理が、土佐町の石原地区ではガソリンスタンドの共同経営が、 それぞれ住民によって行われている。これらは、「公」が「共」の基礎を育んだり、「私」の領域を「共」が絡め取ったりする動きである。

興味深いのは、以前であれば、「余所者」を受けつけなかった地域において、生存と生活の必要から彼等を受け入れ、集落間の垣根を超えた協働の動きが起こりつつある点だ。 全国に広がりをみせる地域おこし協力隊の活動、あるいはNPOを軸とする徳島県神山町、島根県海士町など、ここでも多くの成功例を発見することができる。

はっきり言えば、これらは「公」が支えてきた相互扶助の動きを「共」に返していく動きである。これが自治体が住民や慈善組織に責任を転嫁する動きになれば論外であるから、 国の財源保障は議論の大前提である。だが、本質的にも、歴史的にも、人間の必要を満たすのは「公」であるか、「共」であるかを問うことには意味はない。これからの時代は、「公」の財政的責任を明確にしつつも、 金銭的支援を伴わない「共」の土台作りに知恵を絞ることも大切になる。これらの努力は、コミュニティに閉じられていた信頼関係を外へとひろげ、つなげていくための努力でもある。

近代とは集権化と市場経済化が進み、これと連動して「共」の領域を「公」が吸い上げるプロセスであった。一方の極では市場経済化が加速度的に進行しているが、 この他方の極で分権を軸とした「共の再生」を求めていかなければ社会はズタズタになる。日本社会は実際にその一歩手前にきていると私は思う。市場経済化によって進む私的利益の細分化に対し、 人間と人間の対立軸を解消し、共通の利益を実現することで他者を信頼できる社会を育てるという戦略を対峙させなければならない。それはこの社会を形づくる私たちの責任でもある。

井手氏の写真です井手 英策(いで えいさく)

1972年福岡県生まれ。1995年東京大学経済学部卒業、2000年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、慶應義塾大学経済学部教授。専門は財政社会学。
著書に Deficits and Debt in Industrialized Democracies (Routledge)『経済の時代の終焉』『日本財政 転換の指針』(以上、岩波書店)など。

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