全国町村会

どう動かすか、地方分権改革―地域の暮らしを支えるために―

読売新聞東京本社編集委員 青山 彰久

民主党と国民新党の与党が、参院選で大敗して参院議席の過半数を失った。本格的な「ねじれ国会」の出現である。先の通常国会で継続審議になった地域主権改革の三法案のゆくえも不透明だ。混沌とする政治状況の下で、秋からは財政再建に軸足を置いた予算編成作業も始まる。与野党からは「本当に地方は分権を望んでいるのか」という声も出るに違いない。難しい局面に入った分権改革に必要なのは、地域の暮らしに根ざした改革の意思である。

ねじれ国会の構造

政権交代によって一気に地方分権改革が進むと思っていた人は少なくなかっただろう。無理もない。昨年秋以降、様子見状態だった霞が関の各省をよそに、当時の首相自身が「地方分権は内閣の一丁目一番地の改革」と公言し、担当の総務相は改革の工程表を公表していた。

しかし、舞台は暗転した。沖縄の米軍普天間基地の移設の行き詰まりと政治資金問題で鳩山首相が辞任、代わって登板した菅首相が参院選で大敗した。この結果、衆院で過半数を超える連立与党が参院では過半数を確保できない「ねじれ国会」の状態に陥った。このままでは与野党が対立する一般法案は一本も成立しない。参院選直前に「地域主権改革大綱」が閣議決定されたとはいえ、強い内閣の存在と政治主導の手法がなければ進まない分権改革にとっては険しい局面に入った。

問題を改めて整理してみる。

今回の参院選で民主党が獲得した議席は44 、国民新党はゼロ。この結果、与党の議席数は、与党系の無所属を含めても110議席で、参院の過半数(122議席)には12議席足りない。

憲法は60条と61条と67条で、予算案や条約の承認や首相指名選挙については衆院の議決が優越すると規定している。だが、一般の法案はそうではない。憲法59条は、衆院が可決した法案について、参院が否決するか60日以内に議決しない場合に衆院が出席議員の3分の2以上の賛成で再可決できる、と規定しているにすぎない。今回のように与党が衆院で3分の2以上を確保していないと、衆院と参院は事実上対等の関係になる。衆参の議決が異なった場合、両院協議会が開催され、ここで合意できなければ廃案になる。

混沌とする4つの選択肢

ねじれの本番になる臨時国会は9月末にも招集される見通しだ。政府が先の通常国会に提出した@国と地方の協議の場の法制化法案A地域主権戦略会議の法制化と義務づけ・枠づけの見直し法案B地方自治法の一部改正案――という地域主権改革三法案も、国会法の規定により、最初から審議しなければならない。先の通常国会で「参院先議」という手法をとって参院では可決していた事実はリセットされた。三法案の一部は参院で否決される可能性もある。

「ねじれ国会」を打開する道は、基本的に4つ考えられる。それは@与党が野党の要求を丸のみするか、野党が反対しない法案に絞る方法A野党の一部を取り込んだ新たな連立政権か、政策協定を結ぶ閣外協力を成立させる方法B個別の政策ごとに野党と連携する部分連合を成立する方法C民主党と自民党の大連立―である。だが、いずれも現段階ではハードルが高い。

かといって与野党が度を超えて対立すると、「二院制不要論」「参院不要論」が高まるだろう。その場合、野党が、政治的な闘争よりも国民生活を重視して、生活に関係の深い法案の成立を基本にして参院で自制する道がある。だが、これも現段階では希望の域を出ない。

そもそも、まずは首相が9月の民主党代表選で再選されるかどうかだ。これが決まらなければ、どんな協議も始まらない。今回の代表選は、国会議員だけが投票した任期途中の代表選と違い、地方議員や党員サポーターが参加する8年ぶりの本格的な選挙になる。

絆を深めて支え合う社会に

混沌とする政治状況で、自治体の首長と議会と職員にいま必要なのは、時代の転換期だからこそ地方分権改革が必要だという思考を磨き上げることではないか。

これまでの分権改革を支えてきた論理の一つは、「統治構造の改革としての地方分権」だった。「国が決めて地方が従う」ではなく「自らの地域のことは自らで決める」への転換である。もちろん、この論理は中核に位置する。ただ、もう一つの論理を根幹に据えたい。「社会保障のシステム改革としての地方分権」である。神野直彦・東大名誉教授の助言をもとに、菅首相が「強い社会保障、強い財政、強い経済」を表明したことに着目する必要がある。首相自身はほとんど説明していないが、本来、この論理の中核には地方分権が位置づけられているのである。

市場原理が優先されたこの10年、日本経済は世界各地で繰り返されるバブル崩壊に翻弄され、様々な格差と生活不安を生んだ。まず、必要なのは、「強者が強者として生きていく社会」から「人々が支え合って安心して暮らせる社会」への転換である。人々の絆と自然が一体になって共同体をつくってきた多くの町村は実感していることだろう。

政治と行政にいま求められているのは、「どのような社会を目指すのか」「そのためにどのような公共サービスをつくるのか」「だからこれだけの負担を求めたい」という道筋を丁寧に示すことだ。その上で、どのような公共サービスを構想するかを突き詰めていくと、そこから地方分権改革の位置がみえてくる。

対人公共サービスを強める

日本の産業構造は男性労働者中心の重化学工業型から、男性も女性も働く知識集約型・サービス型へ転換した。また、重化学工業をベースに集権的に税を集めて全国の社会基盤や産業基盤の整備や国民への現金給付に資金を回す仕組みが機能しなくなった。働く人々に着目すれば、多くの女性が働くようになり、女性が家庭で担ってきた介護や子育てなどを公共サービスで補う必要が生まれている。労働政策も、失業保険の給付だけではなく新産業へ向けた再教育・再訓練が大切になっている。

集権的な仕組みで公共投資や現金給付するだけでなく、老後や子育てや教育や就労支援に向けた対人型の公共サービスを増やして現金給付とセットで供給できれば、人々は安心して暮らすことができ、新しい仕事にも挑戦できる。公共事業に頼らず、医療や福祉など暮らしを支える分野で新たな雇用が地域に生まれる。

こうした対人型の公共サービスの供給主体、それが地方自治体である。こうした公共サービスのかたちは、地域の実情をもとに地域で決める。そこで、サービスの供給主体になる地方自治体に権限と税源を与える地方分権改革が必要になってくる訳だ。互いの生活を支えるためにはどのような公共サービスがいいか、その政策を人々が身近な場で参加して決められるように、地方自治体に権限と税源を与える。それが地方分権の目的だということができる。

繰り返して言えば、小さな政府にするのではなく、地方分権によって「福祉国家」を作り直す。現金給付とサービス給付はセットであって、サービス給付を充実するために地方分権が必要なのである。行革を名目に歳出を削減するためではなく、行政サービスを地域の人々の合意で地域にふさわしいものにするために地方分権を行うと理解したい。

こうした体系を支えるのが強い財政である。財政は均衡することだけが目的ではない。借金を多く抱えた問題は、このままでは必要な公共サービスが出せなくなることに本質がある。人々は財政再建とともに暮らしを支える公共サービスの両方を求めているといってよい。だとすれば、そのための租税構造は、財政再建の財源に高額所得者らの所得減税を見直して応能負担の税を充て、生活を支えあう公共サービスの財源にはみんなで分かちあう消費税を充てるという原則が成り立つ。こうして、「こういう公共サービスをつくるための財源として、これだけの負担を求めたい」の議論が成立する。

道半ばの地域主権改革大綱

参院選の公示直前に閣議決定された「地域主権改革大綱」は、このようなシステム転換の要請にこたえているだろうか。とても合格点に達しているとはいえない。

大綱には@「ひも付き補助金」に代わって地方が自由に使える一括交付金の創設A義務づけ・枠付けの緩和の第2次分として308項目の改正B都道府県から市町村への権限移譲するための59項目の改正――が盛り込まれた。町村にとってみれば、町村にまで及ぶ権限移譲が7項目にとどまったことなどから、注目点は「一括交付金」だっただろう。

しかし、地域主権戦略会議のメンバーである神野直彦・東大名誉教授が、暮らしを支える公共サービスのシステム転換の中に地方分権改革を位置づけた一括交付金は、基本的な考え方の根幹が変更された。国土交通省が公共事業補助金の維持を望み、財務省や厚生労働省が随所で国の関与を強めようとし、それを内閣が制御できなかったのである。

原案からの象徴的な変更は、一括交付金の対象にする補助金の選定に当たっては「現金給付は国、サービス給付は地方との原則に基づく」という地方分権の原理が完全に削除された点だった。代わって「保険・現金給付、サービス給付、投資に整理して、地方の自由裁量拡大に寄与するものを対象」と曖昧に書き直された。社会保障・義務教育では「国として確実な実施を保証する観点から必要な施策の実施が確保される仕組みを検討」と加えられた。

理由は明らかだ。地方の自由にしたら国から地方への財政移転を減らせられないという思惑と、一括交付金とは別に財源不足の「子ども手当」の新しい制度設計を実現させたい思惑があった。その構想は、月額1万3,000円の給付の上積み分を国と企業の労使と地方が財源を出し、現金給付か保育所などの子育て支援サービスかの選択を市町村に委ねるというもの。これを実現に移そうとする矢先に、「現金給付は国、サービス給付は地方」という原則を政府文書で書かれたら困るという訳だ。

この問題は地方分権の本質にかかわる論点だった。政府が検討する新しい子ども手当では、国と地方が財源を割り勘で負担して責任が曖昧だった児童手当の財源構造に逆戻りする。分権型財政を実現するなら、子ども手当のような現金給付の財源は中央が担い、保育所サービスのような現物サービスの財源は地方が担い、そのために地方財政を強化するのが筋だろう。そうしなければ、現金給付とサービス給付がセットになった「強い社会保障」が実現しない。財政資金の使途をめぐって自治体の首長と議会が住民と向き合う責任体制をつくり地方の政治・行政を再生させる分権型社会は生まれない。

支えあって暮らす町村の現場から

多くの町村を訪ねて実感するのは、人々の絆と自然が一体になった共同体の姿である。地方分権を「人々が支え合って暮らしていくための改革」と定義するなら、最も共感できるのは、昔も今もみんなが支え合って暮らしてきた町村ではないかとさえ思う。

混迷する政治を動かすために、分権改革に高い志を掲げて強い地方政府を構築することを望みたい。「地域の人々はどんな公共サービスを望んでいるのか」を知り、「地域のニーズをどのような政策として設計するか」「構想した政策をどのような条例にするか」に知恵を絞り、「地域の政治意思をどう統合するか」と努力する議会の活性化を求めたい。

分権改革とは、地域にふさわしい公共サービスを「手の届く公共空間」でつくるための政治・行政の改革である。自治体の責任は、人々に信頼される地方政府となって暮らしを支える公共サービスを徹底して構築することにある。

青山氏の写真です青山 彰久(あおやま あきひさ)

読売新聞東京本社編集委員

長野市出身・54歳、横浜支局、北海道支社、東京本社地方部、解説部次長を経て2007年4 月から編集委員。地方自治、地方財政、分権改革を担当。

現在、日本自治学会理事・企画委員、総務省政策評価・独立行政法人委員会臨時委員。地方六団体・新地方分権構想検討委員会委員などを歴任。

著書に『よくわかる情報公開制度』(法学書院)、『住民による介護・医療のセーフティーネット』(東洋経済新報社・共著)、『平成デモクラシー』(日本評論社・共著)など。

論説
バックナンバー
青木 辰司
青山 彰久(1)
青山 彰久(2)
青山 彰久(3)
青山 佳世
池谷 奉文
井手 英策
今井 照
内橋 克人
内山 節
大江 正章
大森 彌(1)
大森 彌(2)
大森 彌(3)
大森 彌(4)
大森 彌(5)
大森 彌(6)
岡崎 昌之(1)
岡崎 昌之(2)
岡田 知弘
小田切 徳美(1)
小田切 徳美(2)
小田切 徳美(3)
小山 善彦
木村 俊昭
佐藤 誠
進士 五十八
生源寺 眞一
神野 直彦
図司 直也
田中 淳夫
谷川 健一
浜田久美子
藤山 浩
松本 克夫(1)
松本 克夫(2)
宮口 侗廸(1)
宮口 侗廸(2)
村田 泰夫
山本 信次
結城登美雄