全国町村会

転換期のグリーン・ツーリズムの意義と課題―持続可能な地域社会の実現に向けて―

東洋大学社会学部長 青木 辰司(第2716号・平成22年4月12日)

はじめに

政府観光庁の設置もあって、いよいよ遅まきながら、わが国でも国際観光の受け入れに注目が集まっている。「ニューツーリズム」という用語が最近目に付くようになったのも、これまでのマスツーリズムの問題性を踏まえたオルタナティヴ(新たな観光)という考え方が、観光分野でも自覚されつつあることの証であろう。

グリーン・ツーリズム政策が緒に就いたばかりの頃は、農山村では都市農村交流事業に対する負担感や抵抗感が強かった。農山村の人々のお持てなしが、暮らしや生業への圧迫となり、身を粉にして受け入れた「労」の割には「益なし」という認識が一般的であったのである。

しかし、農林水産省の政策用語として提起されて約20年の歳月を経て、グリーン・ツーリズムは、全国各地に根付きつつある。「グリーン」の概念には、「自然」のみではなく、その地で自然と共に育まれた文化や、その創造を担ってきた人々が含まれている。

つまり、自然と一体となって営まれてきた人々の歴史的・文化的・社会的・経済的な営みの総体を捉え、その持続的な発展を、外部者との交流や知的・資金的・人材的な支援を多元的に引き込む「協発的」相互行為を通して実現する手立てとして、グリーン・ツーリズムが有効と考えたい。

日常と非日常の循環的行動を意味するツーリズムは、人間の体における血液の循環と同様に、都市と農山漁村において「ヒト・モノ・情報」が行きかい、感動的な交流を通して新たな社会関係が構築され、伝統文化が再創造される。

その相互作用関係が、交流主体である「個」の社会的な自己実現に大きな影響を与える。こうした人間存在の社会的なダイナミズムが地域を蘇生させ、ひいては細胞の活性化による人体の活性化と同じように、国家社会の活性化につながる。

こうした輻輳的な地域、国家社会活性化のダイナミズムに、グリーン・ツーリズムはその原動力的な意義と役割を担っている。成熟国家への遥かな道への確かな道標は、国家戦略の低迷に対峙した、個の自立的な協働の成果の共有にある。身近な実践から確かな信頼関係を築き、相即的な発展を持続化するための具体的な価値共有を通した相補的、互酬的な実践の蓄積が求められる。

ツーリズム理念の未浸透

平成20年10月の観光庁の設置は、国の観光政策の展開における大きな転換性を有している。観光政策において観光そのものの概念が多様化し、その象徴的な用語が、近年多用されている「ニューツーリズム」である。この「ニューツーリズム」の構成要素としては、エコツーリズムや、グリーン・ツーリズム、ヘルスツーリズム、産業観光や文化観光、さらには長期滞在型観光があると指摘されている。

しかし、来訪者(観光客)と住民との相互交流の意識増進、観光効果の向上を担うホスピタリティの醸成、観光市場と観光関連事業との役割、観光の国際化と国際交流意識の推進、これからの観光システムの連帯と、「観光」の社会的意識向上と認知といった、「ニューツーリズム」の構成要件への具体的な議論は、進んでいるとは言い難い。

そもそもわが国の観光政策とは、観光産業従事者を対象として、その雇用の拡大と収益の拡大を通して地域経済さらには国内経済の発展をめざすものであった。その政策思想が1980年代のリゾート開発で極に達して、バブル経済の破綻と共に、「失われた10年」と呼ばれた、20世紀末の観光の停滞期に入ったのである。

そうした苦渋の時代における新たな選択基軸が、「オルタナティヴツーリズム」として、西欧で定着しつつあったルーラルツーリズムやエコツーリズムであり、グリーン・ツーリズムも、農水省の政策支援もあって一般的に使用され、今日に至っている。

表1は、観光とツーリズムの概念上の特質をまとめたものである。この表のように、観光とツーリズムに内包された概念上の相違を踏まえた具体的事業展開が求められるが、実際は、両者の相違が必ずしも明確に認識されずに、それぞれの事業が自己展開している。

つまり、「滞在型観光」あるいは「生活観光」と、「体験型ツーリズム」の異同を明らかにすべきであり、特に「ニューツーリズム」として求められるのは、ゲストの入り込み数を規制するくらいの覚悟である。感動的な交流を通し、質感高い「体感」がゲスト・ホスト両者の自己実現として活かされるためにも、相互交流機会が必要となるのである。

そうしたオルタナティヴを具現化する上で最も大切なことは、ホスト側の主体性の確立と、外部者との協働・共生・共感のダイナミズム創造の担い手の育成である。観光振興論の中心にある「エージェント支配」からの脱却も肝要である。つまり、ニーズ主導、あるいはマーケティング重視論、さらには「着地型あるいは、発地型観光」ではなく、「協発型歓交」への展開である。

表1 観光とツーリズムの違い
表1 観光とツーリズムの違い

実践の質の充実・向上を

「農林漁家民宿お母さん百選事業」最終年度の今年2月、全国の農林漁家民宿の中から、52名の秀でた「お母さん」が選出され、その数が全体で100名に達した。全国で3,000戸にも及ぶ農林漁家民宿は、スキー客や釣り客を対象とした比較的長い経歴を持つものから、最近開始したものまで、千差万別である。

この他に、民宿業の許可を得ていない民泊も増加しており、農家レストランとの兼業の民宿や、各種体験メニューをこなす民宿もある。こうした多様なグリーン・ツーリズム事業主体が、それぞれの品質を高めあ う工夫と努力を怠れば、「安かろう、 悪かろう」の評価が定着するだろう。

選定された「お母さん」達は、旅館の「女将」のようなサービスではなく、家族的な雰囲気を大事にして、「身の丈」の「おもてなし」をさりげなく提供する。そうした人間的な対応力や適応力が評価されたのである。

しかし、国際的な交流が進み、海外からのゲストの増加が予想される中、国際基準を踏まえた品質評価の仕組みづくりも課題となってきた。客室や浴室、トイレの衛生管理、食材や調理法を工夫した個性的な食の提供、多様なコミュニケーション力、インターネットやクレジットカード利用による利便性の向上等、品質向上に向けた評価手法の確立と、支援体制の充実が求められる。

まずは、100人の「お母さん」のネットワークを充実し、独自の評価支援を行う仕組みが必要であり、仮称「日本ツーリズム評価支援機構」の立ち上げが求められる。そして民宿に限らず、レストランや体験内容、教育体験旅行等の関連事業の評価支援をも視野に入れた品質評価の推進が急がれる。

人材確保と中間支援機構の課題

20年近い多様な実践の積み上げによって、「日本型グリーン・ツーリズム」には、多くのバリエーションが生まれつつある。それは、@社会的自己実現型(農家民宿や民泊、レストラン等)、A労働貢献型(日本型ワーキングホリデー等)、B学習型グリーン・ツーリズム(ツーリズム大学等)、C教育体験型(教育体験旅行、修学旅行、「農山漁村子ども交流プロジェクト」)、D資源活用型(滞在型市民農園、ホテル・学校施設・空家・古民家活用)、E「人間福祉」型(保健・医療・セラピー・安らぎ・癒し・自己発見の場)の6つである。

西欧社会のような成熟した余暇文化を有しない日本では、グリーン・ツーリズムの収益を一気に拡大することは、極めて困難である。民主党政権で検討されている、連続休日の地方分散化策も、基本的には、休日が特定化する現実への解消には至っていない。

こうした余暇の現状下では、農林漁家が専業としてのグリーン・ツーリズムビジネスを目指すことよりも、「身の丈」の投資や経営に徹し、規模を抑えて「心ある人々」との交流を楽しむ、「社会的自己実現」を楽しむ「ゆとり」が必要であろう。

近年では、教育体験旅行需要の拡大や、「農山漁村子供交流プロジェクト」の展開、滞在型市民農園への需要増大によって、グリーン・ツーリズムの収益性の高まりも見られる。

その反面、行政やNPO法人の担当者が、受け入れ業務に追われ、「自転車操業」になりつつあることも、危惧される。

各実践者の個別事業目標をどこに置き、地域レベルでの事業目標をどのように設定するか、そしてその収益を確保するために、どのような対象をターゲットにしてマーケティングするか、が重要になっている。そうした事業展開を専門的に担うべきは、個別実践者と行政の中間にある組織であろう。この中間支援機能を担う人材の確保とその持続可能な組織化が、日本のグリーン・ツーリズム実践の根幹的課題である。

総務省や農水省の交付金事業で各種の人材派遣事業が展開しているが、事業年度終了後の人材流出や、人材の資質向上の研修機会の確保等、課題も少なくない。先進的な人材確保の例は、イギリスの事例にも見られるが、要は安定的な人材確保の回路をどのように設定するのか、全国的な人材ストックと派遣機能を担う組織が必要となっている。

図1 ツーリズム中間的推進・支援組織関連
図1 ツーリズム中間的推進・支援組織関連

先端自治体による「地域主導」の「協発的発展」を

岩手県遠野市宮代集落に、「茅葺屋根のごみ置き場」がある。集落の祭りの衰退やマンネリ化が見られたこの地に、5年間で述べ200名以上の本学学生を、私の必修選択授業の一環で送り出し、学生の提案で地元住民との協働の結果、散乱していたごみ置き場に、新たな伝統的建造物が創生されたのである。

こうした協働によって、集落の祭りの活性化や、農村民泊の創出、さらには住民主体のむらづくりである、「遠野宮代プロジェクトやかまし村」が誕生した。地域内部の人々の豊かな生活文化の機微に触れ、人々の思いを外に繋げ、「上質の」外部者との感動的な交流を基軸として、価値と感動を共有し、それぞれの思いをそれぞれの資質を昇華し合って新たな文化を創造する。

「協発的発展」とは、そうした地域内外の人間交流を基軸としたダイナミズムによって、具現化するものである。昨年度から筆者のゼミは、熊本県・人吉球磨地域のツーリズム資源活用調査を開始し、今後継続して提案型のツーリズム資源活用調査を行う予定である。こうした学生等の人材を、地域で活かしきるコーディネート力と、地域内の各セクターの連携を通した、地域マネジメントを具現化する人材の育成が、喫緊の課題である。

また、学生を対象とした人材派遣事業が、英国の大学で伝統を有する「ギャップイヤー」(1年間あるいは半年休学して地域貢献を行う)や、長期インターンシップ制度の創設、社会貢献カリキュラムの創出といった、大学教育における社会貢献・社会的自己実現型カリキュラム編成との一体的な制度創生が期待される。

さらには、双系的人材確保のためのリクルート、継続的な人件費確保の支援政策、さらには行政、民間企業・団体、NPO、大学、メディア間の多元的人材交流の活性化といった、流動的な人材活用と育成策を大胆に行うべきであろう。「NPO法人日本グリーン・ツーリズムネットワークセンター」は、2007年度から岩手県遠野市及び熊本県山江村、静岡県川根本町から各1名の職員派遣により、全国的なグリーン・ツーリズムのネットワークの先端的業務の遂行を行っている。こうした民間との人材交流こそ、連携事業創出の要である。

遠野市宮代集落にある「茅葺屋根のごみ置き場」
遠野市宮代集落にある「茅葺屋根のごみ置き場」

おわりに

グリーン・ツーリズムとは、単なる農村観光事業ではない。1980年代、国連で提起された「持続可能性」とは、「現世代が次世代にとってより望ましいあり方を作ること」と定義されている。今を生きる我々世代が、未来を生き抜く次世代に残せるものは何だろうか?

「命と心を紡ぐ感動交流物語」。「農」の多面的な営みに潜む多面的価値こそ、切れつつある人々を、もう一度紡ぎ返す動力になるものである。生の実感を体感し、響きあう心を回復する。乾ききった都市社会の中で、もっと人間的に、もっと幸せな実感をもつためにも、心から交流を楽しむ「歓交」を通して、協働行為による地域創生を図る。そうした「協発的歓交」の理念を、グリーン・ツーリズムに定位することこそ、持続可能な地域社会の実現にとっての、不可避的課題といえよう。

青木氏の写真です青木 辰司(あおき しんじ)

東洋大学社会学部長、 NPO法人「日本グリーンツーリズム・ネットワークセンター」代表理事。

「農」を介した新しい都市農村交流を図り、西欧初発の理念や仕組みを参考に、日本の風土に根ざした実践支援に関わる。近年は、学生をはじめとして、次世代の人材育成を主眼とした様々な実験事業や、品質評価・支援に力を注ぐ。

「グリーン・ツーリズム実践の社会学」(滑ロ善出版)、「転換するグリーン・ツーリズム―広域連携と自立を目指して」(学芸出版社)等、著書論文多数。農林省の各種委員長を務める。

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